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プロフィール

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トマさん祈りの部屋
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カトリックの司祭です。2001年から2005年までABCラジオ「信仰の時間」を担当していました。その後は長崎にある精道学園で教えていました。そこで話したものを中心に、ミサの説教や黙想会で話したことも交えて紹介していきます。現在は大分で活動しています。

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タイトル 日 時
あなたの人生を始めよう!
みなさんは、私が神父だから神様の話をすると思っているでしょう。そうではありません。その逆です。神様を信じて、神様について伝えたいから神父になったのです。先生が教えるのは、先生だから当たり前と思うでしょう。それも逆です。その人は、ある日、ある時、教師になろうと決心したのです。決心させる何かが心の中に起こったのです。みなさんにとって親が親なのは当たり前ですね。両親から生まれたのですから。しかし、親もずっと親だったのではありません。親も昔は子供でした。ある時、決心して結婚をして、子どもを望んで、親にな... ...続きを見る

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2019/05/22 14:04
令和へ、祈りを引き継ぐ
4月30日、天皇退位に伴い、最後にお言葉を述べられました。あらためて天皇が国民に寄り添い、誠心誠意、国民の幸せだけを思って生きてこられたことが明らかにされました。本当に有難いことです。国の代表が自己を忘れて国家と世界の平和を心から願い、人々の幸せだけを考えて祈っている国は、世界のどこを見ても、どの時代を探しても、なかなか見当たりません。あえて引き合いに出すなら、ただ一人、ローマ教皇がそれにあたるでしょうか。利害や好き嫌い、考え方の違いを超えて、普遍的な心で人々を思うことは、ある意味で宗教的とさえ... ...続きを見る

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2019/05/14 11:51
復活したイエスは使徒たちと食事する
11人の使徒たちは、ユダヤ人を恐れて戸に鍵をかけて家に隠れていましたが、そこへイエスが出現されました。平和の挨拶をして、最初に話された言葉が「ここに、何か食べ物があるか?」でした。一切れの焼いた魚を差し出すと、皆の前で食べられました。8日目に、同じ場所で2回目の出現がありました。使徒への三回目の出現は、がリラヤに戻ったペトロたちが湖へ漁に出た時でした。岸辺に立ったイエスは舟に向かって「子たちよ、何か食べる物があるか(魚は獲れましたか)?」と声をかけました。ペトロたちが漁から戻ると、イエス自身が火... ...続きを見る

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2019/05/07 16:01
令和元年、キリストは生きている
大会社の社長が社員に変装して職場に潜入、社員の働きぶりや現場の様子を探り、その後、優秀だった社員を社長室に招いて種明かしする、アメリカの人気番組です。これが日本でも評判になっています。私が偶然に見たのは、ハンバーガーの大手チェーン店の社長が、アルバイトのおじいちゃんになって、お店で働くというものでした。初日は、注文を取るのも手間取り、レジの計算もはかどらない、失敗続きです。それを見かねた先輩が手際よく捌いて難を乗り切ります。二日目は、一緒にお茶を飲みながら「売り上げを伸ばすアイデア、何かないで... ...続きを見る

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2019/05/01 10:59
復活節を如何に生きるか?
誰もが四旬節は犠牲の時だと知っています。しかし、復活祭を祝うと全てが終わったように感じて、気持ちが緩んでしまいます。復活祭を堺にイエスがどこか遠くへ行ってしまったみたいです。「イエスは復活して今も生きておられる!」霊降臨までの五十日間、復活節が続きます。この期間をどのように生きるか、これこそが信仰生活の中心になるべき事柄です。犠牲の期間は、それを準備するためでした。それなのに復活節の生き方に無関心なら、食事を注文して料理を食べずに席を立つようなものです。 ...続きを見る

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2019/04/25 13:26
聖金曜日、十字架の礼拝
 ヨハネ福音の受難の場面が読まれました。今、私たちは聖母マリア、使徒ヨハネ、聖なる婦人たちと共にカルワリオの丘に立っています。私たちだけではありません。今日、世界中の十数億人というカトリック信者が一緒に立っています。2000年前のことを思い出しているのではありません。十字架のイエスと同じ時間を過ごしているのです。イエスは、本当に十字架の上から今の私たちを見ていました。その眼差しが、今あなたに届きました。見てください!表情は苦しみに満ちていますが、その眼差しは慈しみにあふれています。「この人は自分... ...続きを見る

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2019/04/20 17:09
隠されたキリスト
聖週間が近づくと十字架像が紫色の布で覆われて、隠されます。どうしてでしょうか?私たちの心の中のイエスも、度々このように隠されたり、隅に追いやられたり、見て見ぬふりをされているのではないでしょうか?隠している正体は、怠け心や世間体や自己愛、高慢心です。このように、心に被いかぶさっている布を取り去らなければなりません。心の真ん中に十字架のイエスを据えるのです。紫の布は聖金曜日の受難の式「十字架の礼拝」で取り除かれます。すると、私たちのために苦しみを受け入れ、血を流し、私たちを生かすために自らの命を捧... ...続きを見る

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2019/04/16 06:29
真の「無の境地」
日本人は昔から煩悩(欲望)から解放された生き方を理想としてきました。そのために座禅を組んだり、滝に打たれたり、真冬に冷たい川や池に入って経を唱えたりして、無の境地を目指す人が今もいます。しかし、欲望を求め続ける風潮に流されて無理だと諦めている人も多いでしょう。時代遅れと軽蔑している人もいるかもしれません。しかし、無の境地よりもっと大切なことがあります。「愛がなければむなしい」のです。悟りを開いても、誰も愛していないなら人生は無意味です。厳しい修業をしなくても、誰かを愛することはできます。そのとき... ...続きを見る

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2019/04/09 14:02
聖性のしるし
聖性と似た言葉に「成聖」があります。何が違うのか、質問されました。「成聖の恵み」と言って、洗礼によって原罪がゆるされ、神の子の身分をいただき、永遠の生命が始まることを指しています。神の義が人間に与えられ、神の義が成就することですから「成義」とも言います。これらは人間の努力で獲得できるものではありません。一方的に神の慈しみと憐みによって与えられるものです。これに反して聖性は「追及する」と言われるように、人間の側から神の恵みに応えることを指しています。つまり、聖性の土台が成聖と言えばいいでしょう。 ... ...続きを見る

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2019/04/02 19:12
イエスは命令しない、招いている!
カトリック司祭は独身だと説明すると、「結婚できないんですか?」と訊かれます。「出来ない」という言葉は否定的な響きがあります。本当はしたいのに、命令されて従わなければならない、信仰には不自由が伴う、信仰すると自由がなくなると勘違いされているのです。イエス・キリストは人間を救うために様々な命令をして、自由を奪っているみたいです。でも、それは誤解です。今こそ全国民に真実を告げたいと思います。「イエス・キリストは何一つ命令しません!」 ...続きを見る

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2019/03/27 19:18
仕事の成功と「人生の成功」
ビジネススクールはビジネスの成功を請け負っています。そのために学生は高い授業料を支払って入学します。私が訪問していたバルセロナにあるIESEも同様です。学生は、大学を卒業して社会人を経験した人が条件です(今年から緩和された)。だから一流企業から派遣されて来ている人もいますが、前途有望な仕事を辞め退職金を授業料に充てて家族連れで来ている人も少なくありません。失敗が許されない状況です。それに見合う成果を上げなければスクールは存続できません。しかし、IESEが他のビジネススクールと違うのは、仕事の成功... ...続きを見る

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2019/03/21 17:10
永遠の都ローマより
永遠の都ローマより 4日間の滞在が終わりました!今から日本に帰ります。最後のローマを心に焼き付けました… ...続きを見る

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2019/03/11 21:28
バルセロナ最終便
バルセロナ最終便 最後にサグラダ・ファミリアをゆっくり訪れました★聖堂内は、森の大木に囲まれたような神秘な気配が漂っていますよ…♪入場は『生誕のファサード』から!外尾悦郎さんが監修・制作した大作です…すぐに入るのが、もったいない!内部は、歩き回って見るより、ベンチに座って瞑想する方が多くを感じ取るでしょう(^^) ...続きを見る

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2019/03/06 02:02
バルセロナ便り8
バルセロナ便り8 「スペイン国王が訪問するIESEって、何?」というコメントが寄せられたので、簡単に紹介しますね…♪先日は創立60周年記念でスペイン国王が訪問されました★ヨーロッパでは有数のビジネススクール(MBA)です。日本では、アメリカのハーバード大のビジネススクールが有名ですが、こちらでは同等の評価を受けていますよ…♪日本でも、留学を考えているビジネスマンや学生の間では、よく知られていますよ…!ここで学んでいる日本人は28名いますが、大企業から派遣されて来ている人、休職して自費で来ている人、大企業やキャリア... ...続きを見る

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2019/03/04 20:04
バルセロナ便り7−2
バルセロナ便り7−2 奇岩が立ち並ぶ絶景、世界でここでしか見られない絶景です!自然の力強さを感じますよ…♪ご覧くださいね…(^^) ...続きを見る

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2019/03/03 15:59
バルセロナ便り7
バルセロナ便り7 3月1日バルセロナから車で1時間、モンセラットの聖母修道院へ巡礼して来ました★落日が神々しい光を放ってましたよ…♪ ...続きを見る

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2019/03/03 02:23
バルセロナ便り6
バルセロナ便り6 午後の講義が終わって、夕方、コロンブス広場を 散歩しました★ ...続きを見る

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2019/03/01 19:43
バルセロナ便り5
バルセロナ便り5 昨日、夕方に日本から大学生グループが到着しました★私も『森の館』に引っ越しました。今日からオープンキャンパス形式で、午前と午後に2時間ずつの講義&討議が始まり忙しくなりました!古い民家を改造した『森の館』です。 ...続きを見る

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2019/02/28 00:49
バルセロナ便り4
バルセロナ便り4 こちらの教会や修道院を訪問して、信仰の伝統と力強さ、清い心を感じました!それを写真で表現してみましたよ…♪ ...続きを見る

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2019/02/25 23:13
バルセロナ便り3
バルセロナ便り3 部屋から見える景色です…♪手前に見えるのが、キャンパスの迎賓館です…写真を拡大して見ると山頂に大きな教会が見えますよ…『イエスのみ心教会』です(^^)塔のてっぺんに十字架に見えるのは、手を広げたイエス像です。バルセロナの街を守っているように見えます!山は、Tibidabo山と言い、ラテン語で意味は「お前に(この街を)与える」です。悪魔がイエスを誘惑した言葉ですね…それほどバルセロナは美しい街だという意味に繋がります! ...続きを見る

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2019/02/25 03:01
バルセロナ便り2
バルセロナ便り2 私が住んでいる国際寮、80名の様々な国籍学生が住んでいます。 庭の聖母像ですよ(^^)ここでロザリオを祈っています! 隣が南キャンパスの中庭ですよ…♪ 南キャンパスの来賓館ですよ…♪ ...続きを見る

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2019/02/24 20:23
バルセロナ便り
バルセロナ便り 20日からスペインのバルセロナに来ています。ビジネススクール、IESEで日本人学生と話してますよ…こちらの様子を写真でお伝えしましょうね…♪歩いて10分、14世紀の修道院ペドラブレスの聖母修道院ですよ(^^)最後がスクール全景、その隣の国際寮にいます! ...続きを見る

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2019/02/24 04:36
他者との一致
これは平和を築くことに他なりません。平和とは単に争いがないことではなく、考え方や習慣、文化が違っても互いの違いを尊重し、相手から学ぶことで互いが豊かになっていくことです。そして、表面的には正反対に見える「多様性と一致」が生まれます。その土台は、一人一人が目の前の人と「一致」して生きることです。 ...続きを見る

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2019/02/18 19:19
自分との一致
「現代社会は、果たすべき務めが多く、各種の問題が山積みになり、しばしば緊急の対策を要するので、様々な事柄に自分が分裂、あるいは分散してしまう危険が少なくない。また、多くの義務に束縛され、仕事に追い回されることも珍しくない」(第二バチカン公会議文書参照)。 ...続きを見る

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2019/02/13 19:19
イエスと親しく話し合おう!−ルターの主張の見直し−
16世紀、ルターは教皇や司教、一部の聖職者の腐敗を教会に訴え出ました。しかし、門前払いをくらい、逆に教会の権威に従わない危険人物、異端的な司祭とされました。ルターには、教会が信者から神を遠ざけているように見えて、教会を邪魔と感じ始めました。そして、次第に教会なしで、信者が信仰によって直接神と結びつけば救われる、と考えるようになりました。こうして「信仰のみ。聖書のみ」というプロテスタントの信仰の原型が生まれたのです。 ...続きを見る

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2019/02/06 13:41
ザアカイ、降りてきなさい!ラザロ、出てきなさい!
イエス・キリストは、何かの恵みを与えるためだけに、この世に来たのではありません。ましてや、何かを要求するために来られたのではありません。赤ちゃんが母親の顔を見るために生まれてくるように、イエスは私たちと「出会う」ために来られたのです。ただ聖書を読んでイエスを知っているだけでは、本当に「知っている」とは言えません。それは単なる知識であって、まだ出会っていないからです。誰かを「知っている」というとは、その人と付き合って相互の関係を築いていることを意味します。人は「探して」「出会って」「付き合って」、... ...続きを見る

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2019/01/29 18:51
イエス・キリストを探せ!
昔、「ウォーリーをさがせ」という絵本が流行りましたが、最近また出回っています。同じようにキリスト者は、教会の中だけでなく、仕事場や家庭、街の通り、社会の真っ只中でイエス・キリストを探さなければなりません。「探しなさい、そうすれば見つける」とイエス自身が語っておられるからです。そして、イエスを探さなければ、いつまでたっても神と出会うことはなく、人生を終えてしまいます。それでもいい、という人がいるでしょうが、それは1億円の宝くじの当たり券を持っているのに、タンスに仕舞い込んで忘れている人に似ています... ...続きを見る

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2019/01/22 14:13
主の洗礼−み心に適う人−
イエスは宣教を始めるに先立って、洗礼者ヨハネからヨルダン川で洗礼を受けました。その時、「これは私の愛する子、み心に適う者」と天から声が聞こえました。イエスは本性において父である神と同等ですから、今更「み心に適う人」と告げるのは不思議な感じがします。イエスの洗礼に秘密が隠されているからです。イエスは神であり、洗礼は必要ありません。しかし、イエスは同時に人でもあります。人としてのイエスは人類を代表しています。だから私たちのために洗礼を受けたのです。だから洗礼を受ける人は、イエスが受けた洗礼の恵みに与... ...続きを見る

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2019/01/16 16:50
からし種の信仰とは?
新しい年を聖書の言葉で始めましょう!「一粒のからし種ほどの信仰があれば、この山に向かって『ここからあそこに移れ』と言えば、山は移るだろう。信仰があれば、あなたたちに出来ないことは何もない」(マタイ17.20)。 これは、イエスの有名な言葉ですが、「からし種の信仰」とは、何を指しているのでしょうか? 本物のからし種を見たことがあります。ごまの粒より小さい黒い粒です。「少しだけ信じればいい」ということでしょうか?それでは信仰とは言えません。神を信じることが信仰ですから、少ししか信じないならば「疑... ...続きを見る

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2019/01/10 15:11
クリスマスと「死刑廃止」
今年、フランシスコ教皇は、死刑廃止をカトリック教会の正式の教えとして発表されました。クリスマスに似合わない話題に思えますが、救い主が生まれたことと深くつながっています。イエス・キリストは、そもそも闇の世界に光をもたらし、私たちの心の闇を追い払うために天からこの世に降りて来られました。それまで私たちは罪と死に支配されていたのです。私たち自身が死刑囚のような者だったのです。そんな私たちが「ゆるされ」、死から解放されました。これを前提にしなければ「死刑廃止」は正義とは言えないでしょう。 ...続きを見る

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2018/12/26 16:31
よろこびなさい♪
「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。」(フィリピ4:4) 待降節の第3主日は、聖パウロのこの言葉で始まります。しかし、「素直に喜べない」というのが私たちの偽らざる心境ではないでしょうか。毎日のように凶悪事件や様々な不正が報じられています。こんな社会に目をつむって喜べ、というのでしょうか?それなら、現実逃避であり、社会人として無責任です。パウロが「喜べ!」と強く勧めるのは、目に見えない「救い」を見ていたからです。聖パウロが活躍した二千年前、現代以上の不正と暴力の中にあって「喜... ...続きを見る

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2018/12/19 13:51
Rejoice!
The Third Sunday of Advent (Gaudete Sunday) “May you always be joyful in your union with the Lord.” ...続きを見る

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2018/12/19 11:22
信仰の入力と出力
「行ないの伴わない信仰は死んでいる」と言う有名な言葉が聖書にあります。ヤコボの手紙2章です。ここでは、信仰と行いが二つ並べられています。また、「祈り」と「行為」とも言われます。しかし、この二つは別々ではなく、切り離せない表裏一体の関係になります。植物が二酸化炭素を吸って酸素を出して生きているように、動物が酸素を吸って二酸化炭素を排出するように、どちらか一方が止まれば死んでしまうのです。現代風の言い回しをすれば、信仰にはインプット(入力)とアウトプット(出力)があり、両方がつながって流れるとき、信... ...続きを見る

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2018/12/12 15:34
イエスは「この世」を救うために来た!
このタイトルを見て「何か変だな?」と戸惑った方はいませんか?キリスト教が最初に教えるのは、「イエスは人類を救うために来られた」ですね。「この世」ではなく「人類」です。しかし神が望んでいたのは、人間が神と和解するだけではなく、天と地のあらゆるものが神と和解することでした。つまり「この世」を救うことも神の計画の中に入っていたのです(コロサイ1.21参照)。 ...続きを見る

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2018/12/05 11:02
教皇様が言う「出て行く」信仰とは?
賑やかな通りに面した窓を開け放って、両手を広げて「これが、私の最も気に入っている聖堂(祈りの場所)です!」と聖ホセマリアは新聞記者に答えました。オプス・デイの本部には、たくさんの聖堂がありますが、記者は「どの聖堂がお気に入りですか?」と質問したのです。誤解の無いように補足をしておきますが、けっして教会や聖堂を軽視した言葉ではありません。「この世」こそが、信仰を表す最高の場所だというのが真意です。フランシスコ教皇も使徒的勧告『喜びに喜べ』で同じ事を強調されています。その部分を紹介します。 ...続きを見る

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2018/11/28 10:30
「イエスの心を奪った人たち」(2)
「イエスの心を奪った人たち」(2) 「イエスは、どんな人々に心奪われ、感動されたのでしょうか?一番分かりやすい、象徴的な出来事は最後の場面で起こりました。イエスと共に十字架に磔(はりつけ)られた、あの「よい盗賊」と言われる人です。人生で悪事を重ね、とうとう十字架刑で死罪になりました。その苦しみの中で、自分の罪を認め、苦しみを受け入れ、イエスに信頼して、一つのことをお願いしました。「私を思い出してください」。イエスは、そのへりくだった態度に心奪われて、天国を約束しました。立派な業績ではなく、その改心に感動したのです。 ...続きを見る

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2018/11/20 13:00
天草・崎津教会巡礼の旅「イエスの心を奪った人たち」
天草・崎津教会巡礼の旅「イエスの心を奪った人たち」 生命を懸けて信仰を守り通した殉教者は、「信仰の英雄」として人々からも称賛され、後世になっても尊敬を集めてきました。その陰に隠れて、「踏絵」を踏んで「転んだ」キリシタンも多くいました。彼らはイエス・キリストを「捨てた」という良心の呵責と、仲間を裏切ったという「後ろめたさ」を背負って生きました。それは、天国の栄光を受けた殉教者と正反対の人生でした。これまで教会の歴史では、彼らに光が当てられることはありませんでした。しかし彼らがいたからこそ、250年の迫害の年月を越えて信仰が伝えられたのです。 ... ...続きを見る

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2018/11/14 13:31
「正しい人」が救われるのではない!
「正しい人」が救われると考えられているかもしれませんが、イエスは「神のみ前に『正しい人』は誰もいない」と話されました。また、自分は「正しい人」だと考えて、「自分には罪が無い」という人は偽り者であって、その人は永遠の生命を受け継ぐことが出来ない、とも教えています。だから「正しい人」が救われるとは言えないのです。では、いったい誰が救われるのでしょうか? ...続きを見る

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2018/11/07 14:58
還暦と悪霊
還暦と悪霊 日本の伝統で、還暦祝いに赤い「ちゃんちゃんこ」を着るという習慣があります。日本では、昔から朱色は悪霊を追い払う力があると信じられてきました。伏見稲荷神社の鳥居が朱色に塗られるのも同じです。今では迷信と思われていますが、悪霊は今も働いています。教皇フランシスコは、「私たちを神から引き離し、仲違いさせようと常に試みている悪魔からの保護を願って「大天使聖ミカエルへの祈り」と「聖母マリアの終業の祈り」を唱えるように、全信者にお願いされました。 ...続きを見る

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2018/10/31 16:44
「完全な者になりなさい!」
 前回と正反対みたいですが、これもイエスの言葉です。「天の父が完全であるように、あなた方も完全な者になりなさい」(マタイ5.48)。ルカは「完全な者」の代りに「慈悲深い者」(6.36)、ぺトロは「聖なる者」(手紙@1.16)と伝えています。「完全な者、慈悲深い者、聖なる者」いずれも難しそうです。いや、自分には不可能に思えてきます。この言葉の真意は、どこにあるのでしょうか?一緒に考えて行きましょう。 ...続きを見る

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2018/10/26 20:41
「子どものようにならなければ…」
「心を入れ替えて子供のようになる」、また「自分を低くして子供のようになる」人が、天の国に入り、天の国で一番えらいのである、とイエスは教えています。「子供のようになる」とは、具体的に何を指すのでしょうか?さらに、どのようにすれば子供のようになれるのでしょうか?ただ漠然と、子どものような天真爛漫で純粋で素直な心になることだ、と受け止められることが多いのではないでしょうか? ...続きを見る

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2018/10/19 16:20
『いったい誰が救われるのですか?』(マルコ10章17-27)
金持ちの若者がイエスに近づいて尋ねました。「永遠の生命を受けるために何をすればいいでしょうか?」彼は日頃から幸せを求めて努力していました。その結果、財を築きました。さらに死んでからも幸福であるために、救われるために何をしたらいいか、知りたいと願っていました。そんな良い機会が巡ってきました。几帳面で努力家の彼はチャンスを逃しません。彼の性格、生き方がよく表れています。そんな彼ならきっと救われると、当時の人々も考えたことでしょう。しかし、イエスの返答は違いました。 ...続きを見る

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2018/10/12 13:45
「キリスト信者」から「キリスト者」」へ
教会文書の文言が「キリスト信者」から「キリスト者」へ変わったことに気づかれましたか?どちらも同じ意味ですが、感じ方や受け止め方が微妙に違います。「〇〇信者」と言えば、仏教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒などではなく、「キリスト信者」ですという意味になります。つまり、ある宗教組織に属している外的な身分を表しています。一方「キリスト者」と言えば、イエス・キリストに従う人、その生き方を模倣して「もう一人のキリスト」を目指している人を連想させます。身分だけではなく、それに見合った心や内的状態を指しています。... ...続きを見る

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2018/10/05 15:04
神は「与えて」から「求める」
目が見えない人を見て、使徒たちはイエスに尋ねています。「盲目なのは、この人のせいですか?それとも先祖の罪のせいですか?」これは、日本でもよく見られる「因果応報」の考え方です。良いことがあれば善行の報いと考え、悪いことが起これば罰だと考えるのです。ある少年が病気で目が見えなくなりましたが、本人は「ポルノ雑誌を見たせいだ」と親に言ったそうです。人間、誰しも似たようなことを考えるものですね。 ...続きを見る

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2018/09/28 15:44
聖性−牛乳屋フアンの場合−
牛乳屋フアンは、毎朝早起きして、大きなミルク缶を荷車に積んで、村の家々を回って配達していました。天主堂の前を通りかかると、荷車を止めて、中に入って祭壇の方に向かってひざまずき、挨拶するのが常でした。「イエス様、おはようございます。牛乳屋のフアンです。」それだけ言うと十字架のイエスを後にして、また荷車を引くのでした。 ...続きを見る

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2018/09/21 15:26
人間関係の中にある聖性
フランシスコ教皇が『神の民への書簡』と題して、全世界の信者に向かって手紙を書かれました。その中で、永年にわたって教会の中で犯されてきた聖職者による性的虐待について、祈りと断食を捧げ、個人と共同体としての悔い改めと回心をするように訴えています。カトリック中央協議会HPやカトリック新聞に掲載されていますから、是非、ご覧になってください。 ...続きを見る

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2018/09/14 16:29
岩の上に建てた信仰
『砂上の楼閣』(さじょうのろうかく)という言葉があります。辞書によれば「見かけは立派だけれど、基礎がしっかりしていないため、結果を出せないこと」。転じて「実現不可能な計画」とある。2000年前にイエス・キリストが同じ事を言っています。「砂の上に建てた家は、雨風が吹けば倒れてしまうが、岩の上に建てた家は、雨が降っても風が吹いても倒れない」。これは信仰のことを例え話で教えています。「砂の上」とは、そして「岩の上」とは、何を指しているのでしょうか? ...続きを見る

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2018/09/07 16:22
ただいま
長い休暇を終えて、大分に帰ってきました。その間、遊んでいたわけでなく、若い人たちを指導したり、ヨハネの福音を解説したりと、研修の日々を過ごしておりました。もちろん、テニスもいっぱいして、しっかり日焼けしてきました。3週間、京都で過ごしましたが、40度を超す猛暑で、命の危険を感じるほどでした。朝方でも部屋の気温が30度を越えて、寝苦しい夜が続き、少し夏バテしました。その後、奥芦屋の山の家で3週間の研修でした。海抜565mで、気温が5度ほど低くなるので、快適な日々で、夏バテも解消しました。このように... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 12 / トラックバック 0 / コメント 0

2018/09/07 16:19
夏休み
京都に来て仕事をしています。約20年ぶりです。懐かしいですね!3週間、滞在したら、次は奥芦屋で3週間、夏の研修です。ということで「トマ部屋さん」は9月に入ってから再開します。みなさん、夏バテしないように気を付けてお過ごしください。この夏は熱波が列島を襲いそうですよ! ...続きを見る

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 1

2018/07/21 10:41
「自分らしさ」とは神が描くキャラクター
一昔前、「自分探し」が流行りました。今も「本当の自分とは何か?」を探して、人生に不安を感じている人は多いと思います。「何をしていいのか、分からない」「何をしても、幸せを感じない」「人に合わせることに精一杯で、自分がいない感じ」などです。「自分らしさ」を、「人と違うこと」と考えると、大多数は、人と似たり寄ったりの人生を歩むことになりますから、「自分らしくない」という結論になってしまいます。本当の「自分らしさ」は、どこにあるのでしょうか? ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 12 / トラックバック 0 / コメント 2

2018/07/14 10:46

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