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トマさん祈りの部屋
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カトリックの司祭です。2001年から2005年までABCラジオ「信仰の時間」を担当していました。その後は長崎にある精道学園で教えていました。そこで話したものを中心に、ミサの説教や黙想会で話したことも交えて紹介していきます。現在は大分で活動しています。

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タイトル 日 時
夏休み
京都に来て仕事をしています。約20年ぶりです。懐かしいですね!3週間、滞在したら、次は奥芦屋で3週間、夏の研修です。ということで「トマ部屋さん」は9月に入ってから再開します。みなさん、夏バテしないように気を付けてお過ごしください。この夏は熱波が列島を襲いそうですよ! ...続きを見る

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2018/07/21 10:41
「自分らしさ」とは神が描くキャラクター
一昔前、「自分探し」が流行りました。今も「本当の自分とは何か?」を探して、人生に不安を感じている人は多いと思います。「何をしていいのか、分からない」「何をしても、幸せを感じない」「人に合わせることに精一杯で、自分がいない感じ」などです。「自分らしさ」を、「人と違うこと」と考えると、大多数は、人と似たり寄ったりの人生を歩むことになりますから、「自分らしくない」という結論になってしまいます。本当の「自分らしさ」は、どこにあるのでしょうか? ...続きを見る

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2018/07/14 10:46
庶民の聖性
私たちが知っている聖人は、救霊と宣教と慈しみの大事業を成し遂げた立派な方々ばかりです。最近では、カルカッタの聖女マザー・テレサや聖ヨハネ・パウロ2世教皇などが有名です。だから、聖人になるために、このような抜きん出た活動を真似ようと考えます。ところが立場の違う人が同様の事をすると、かえって聖性を損なうことになります。「各自、自分の道において」と第二バチカン公会議は述べています。「私たちは、達成不可能に見える聖性の模範を前にして、失望落胆してはなりません。それをまねることを意味しません。なぜなら、そ... ...続きを見る

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2018/07/07 14:54
ペトロの改心−聖性の出発点−
聖ホセマリアはルカ5章「大漁の奇跡」の場面を何度も黙想していました。それが聖性を目指す出発点になるからです。あの時、ペトロはイエスに選ばれて、既に宣教活動に協力していましたが、本当の意味でイエスに神の姿を見ていたわけではありません。また、活躍したいという人間的な野心も同時に持っていたと思われます。ところが、あの大漁の奇跡を前にして、イエスの聖なる部分に初めて触れて、自分がふさわしくないと痛感したのです。そこから彼の聖性追求が始まりました。それは、イエスの言葉に徹底的に従うことでした。 ...続きを見る

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2018/07/01 16:47
聖ホセマリア「日常生活の聖人」
オプス・デイ創立者、聖ホセマリアは1975年6月26日にローマで帰天。2002年10月6日、聖ヨハネ・パウロ2世教皇により列聖されました。そして、命日の6月26日が典礼上の記念日に定められ、すべての信者のために模範として高く掲げられました。それ以来、世界中で記念ミサが捧げられています。そして大分では、6月23日(土曜日)、大分教会で濱口司教様の司式で聖ホセマリア・エスクリバー記念ミサが捧げられました。そのときの説教を抜粋して紹介します。 ...続きを見る

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2018/06/25 14:23
イエスの「追っかけ」−聖性と自由−
歌手や俳優を追いかけて活動に参加する熱心なファンがいて、「追っかけ」と呼ばれています。キリスト教の始まりは、これに似ていました。たくさんの人がイエスの後を追いかけて行きました。イエスによって病気が癒されたり、死者が甦ったり、心が洗われる説教をしたり、ある時は大勢のためにパンを増やす奇跡がありしました。ある者はパンに惹かれて追っかけましたが、ある者は魂の救いを求めてイエスに従いました。心の底からイエスを「追いかけて」いたのです。 ...続きを見る

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2018/06/17 17:02
「・・・」(沈黙)
遠藤周作の小説『沈黙』が、巨匠スコセッシ監督によって『サイレンス』というハリウッド映画になり、世界的に話題になりました。どうしてこの世に悪が存在するのか?悲しみや苦しみを前にして、なぜ神は沈黙するのか?古くからある「悪の神秘」と言われる問題です。誰でも一度は考えたことがあるのではないでしょうか?本当に神は沈黙しているのでしょうか?沈黙しているなら、その意味は何でしょうか? ...続きを見る

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2018/06/09 14:43
ほんとうの聖体拝領
「聖体拝領」と訳されている元の言葉はラテン語で「comunionコムニオン」ですが、「交わり」という意味です。最近では「交わりの儀」という訳も見られます。「拝領」と訳すと、イエスが私の中に来られるという意味になりますが、これでは一方通行です。本来の「交わり」という双方向の意味が抜け落ちてしまいます。もう一つの意味、つまり「私がイエスの中に入る」という事実も表したいのです。聖体を受けるとうことは、単なる受動的な行為ではなく、私自身を与えてイエスの中に入り込んで一つになる能動的な行為でもあります。 ... ...続きを見る

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2018/06/05 08:39
自由は愛するためにある(2)
3.不自由な人間 人や世界が自分の思い通りにならないのは当たり前ですが、それだけではありません。自分の心さえも自由に出来ないのです。聖パウロはローマの教会への手紙に次のように書いています。 「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。善をなそうという意志はありますが、それを実行できません。わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っています。それで、善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという法則に気づきます。... ...続きを見る

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2018/05/28 19:10
自由は愛するためにある (1)
1.決断するということ。何かを決断すれば、それに伴って義務が生じます。就職や結婚が分かりやすい例です。義務が増えた分だけ、自分が好きに出来る時間やお金が少なくなります。それだけ不自由になったと感じることがあります。場合によっては後悔して、離婚したり仕事を辞めたりします。常に自分のためにフリーハンドを確保しておかなければ安心できないみたいです。はたして、このような生き方が自由なのでしょうか? ...続きを見る

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2018/05/21 11:37
「祈り」とは何ですか?
「祈り方を知りません。教えてください」と頼まれることがあります。それは、祈りの言葉や所作を知りたいということでしょう。それは確かに祈りの一つですが、全てではありません。そもそも「祈り」とは何でしょうか?それは「神を思う心」です。その心から言葉や行為が生まれます。決まった形もあれば、自分の心のままに語り、行うことも出来ます。そこで、「祈り」について考えてみましょう。 ...続きを見る

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2018/05/14 09:28
「神の母」と「神の子」の召命
聖母マリアは、大天使の「お告げ」によって新しい人生に召されました。それは「神の母になる」と言う想像をはるかに超えるものでした。マリアは、おそれ躊躇いながらも、神に信頼して身を任せました。いや、ただの受身ではなく、もっと積極的な姿勢で重い責任を引き受けたのです。それが「神のお望みが私において実現しますように」の言葉に映し出されています。こうして「神の母になる」という固有の使命を受けました。それを「召し出し」と言います。 ...続きを見る

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2018/05/07 14:44
すぐ隣にいる聖人
全ての人は、神に愛され、神に望まれて命を頂きました。みんな母親から生まれてきましたが、いのちを創造したのは神ご自身です。親が生まれてくる子に夢を託すように、神は一人ひとりに願いを込めて生命の息吹を注ぎました。この「神の個別の願いに応えること」が召し出しです。一人残らず、例外なしに神に呼ばれています。その神の望みの中身を、人との出会いや出来事を通して少しずつ発見して、自分の歩むべき道に出会います。 ...続きを見る

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2018/04/30 19:38
イエスは「真ん中に」立った!
復活したイエスは、迫害を恐れて家に引きこもっていた使徒たちに現れた。彼らの真ん中に立って「あなた方に平和があるように」と言って祝福を与えると、使徒たちの心は平和と喜びに満たされ、勇気が湧いてきた。聖書は主のご出現の場面をこのように記しています。 主は復活されて、今も私たちと共におられます。そして同じことが起こります。主を心に迎えるなら、喜びと平和が訪れるのです。イエスは使徒たちの真ん中に立ちました。皆が一つになってイエスを取り囲みます。強い絆を実感します。しかし、その場にいなかった使徒トマ... ...続きを見る

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2018/04/21 10:26
信仰を形に残す
信仰を形に残す ローマでは、道すがら名もない教会に立ち寄っても、その中は立派な大理石で造られ豪華な装飾で埋め尽くされていて、その壮麗さに目を奪われます。日本に持って来れば間違いなくナンバーワンの教会です。ましてや有名な教会は想像を絶する豪華さと巨大さです。はじめは驚嘆ばかりしていましたが、座って祈っていると気がつきました。これは当時の人々の信仰の証であることに。 ...続きを見る

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2018/04/13 14:04
十字架を愛する、義務を愛する
カトリック教会に入ると、必ず目立つ所に十字架像があります。救いは人間の力によるのではなく、キリストの受難と死を通して与えられるからです。また、イエスは最後の晩餐で、「高く揚げられるとき、わたしは全ての人を引き寄せる」と預言しました。教会の十字架は、その足下へ私たちを招いているのです。しかし、カトリック教会は十字架を重視するあまり、権威の力で信者に善行や犠牲を押し付ける傾向がありました。善意からとは言え、結果的に十字架は押し付けられるという印象を与えてしまいました。義務的な十字架では、信仰の喜びは... ...続きを見る

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2018/03/17 11:11
信仰は十字架で育つ
聖人たちは、みんな神から使命を受けて、それを愛し、懸命に果たしたに過ぎません。その結果、神から救いの実を受け取ったのです。「自分に死んで神に生きる」、つまり神のお望みを自分のものにしたのです。これこそが救いであり、「愛の十字架」と言われるものです。 ...続きを見る

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2018/03/10 11:30
信仰を完成させるものは?
ユダヤ教は「心を尽くして、力を尽くして神を愛せよ」と教えていましたが、実際は掟や規則を守ることだけに終始しました。パウロは「飲むにつけ、食べるにつけ、神を賛美せよ」と教えています。今や、イエスを愛することで天の父である神を愛せるようになりました。キリスト教の新しさは「神を日常生活で愛する」ことでした! ...続きを見る

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2018/03/03 11:23
神の子の自由
現代社会では、誰もが自由に憧れ、自由を求めている。同時に、誰もが何かしらの不自由を感じながら生きている。自由がこれほど強調されたことは、人類の歴史を振り返っても、ない。「何でも出来る」自由を手にすれば幸せになれるという幻想が、かえって不自由を際立たせて「自分は不幸だ」と勘違いさせているのではないだろうか?私たちの自由は「愛するため」の自由であり、義務や、苦しみさえ愛することが出来る自由なのです。 ...続きを見る

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2018/02/24 12:20
「もらう」信仰から「与える」信仰へ
多くの人は、信仰によって「神様から何かをもらう」ことを望んでいるでしょう。しかし願いは、しばしば叶いません。一喜一憂して、時には不平不満を口にして、ストレスになりかねません。「してもらう」信仰は何かが足りません。 ...続きを見る

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2018/02/18 11:43
神の足跡と神の手
自然を探せば、神の英知、美、善を発見できますが、神の愛そのものは見出せません。神の愛は何処に記されたのでしょうか? ...続きを見る

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2018/02/10 10:47
信仰の神秘(ミステリー)
人間の頭の中に入りきれなかった神が、人間の心の中に丸ごと入るのです。これが神秘(ミステリー)です。心は愛によって他者と結ばれるようにできていて、神に心を開くと、そこへ神の愛が注がれ、愛である神ご自身が入って来られます。これは奇跡以上の奇跡です。神の愛のミステリーです。 ...続きを見る

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2018/02/03 10:21
キリスト教の一致
自分だけが正しいと考えるとき、人間は過ちを犯します。なぜなら、真理とは自分ではなく、イエス・キリスト自身だからです。だから、お互いに何かが足りないのです。 ...続きを見る

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2018/01/27 10:13
障害者は社会の宝物
世間は障害者に対して無関心で、自分とは関係ないと思っています。出生前検査で染色体異常(ダウン症)が見つかると、その殆どが中絶を選択している事実からも、「受け入れたくない」という思いが伝わってきます。心ある人は「助けてあげたい」「手伝ってあげたい」と思っているでしょう。しかし「なぜ神様は障害者が生まれるようにされたのか、分からない」と感じています。障害を負った子が生まれると、まるで貧乏くじを引き当てたように不幸を背負わされたと感じるものですが、それがすべてではありません。隠された真実があります。 ... ...続きを見る

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2018/01/20 11:49
信仰の「守・破・離(しゅはり)」
武道には古くから「守・破・離(しゅはり)」という教えがあります。最初は型を忠実に真似て、基本の動きを身に付けることから始めます。我流はダメです。型を「守る」ことを徹底します。それがすべての土台になります。体が型を覚えて、何も考えなくても正しい動きが出来るようになると、次は応用です。型では相手の動きが決まっていますが、実践では型通りにはいきません。相手の動きに応じて受け方も変わります。形にこだわると負けてしまいます。習った型を「破る」必要があります。それは型が目指した心に沿って理に叶った動きを臨機... ...続きを見る

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2018/01/15 15:41
神の協力者
人間は、生まれながらにして誰もが「神の協力者」です。この「神の業(仕事)」(オプス・デイ)をすることが生まれてくる意味であり、人間の使命なのです。ところで、神が人間を手伝うことは分かりますが、反対に人間が神を手伝う必要があるのでしょうか?厳密には「必要」ありませんが、神が人間と一緒に働きたいと望まれたので、協力する必要が生じたと言えばいいでしょう。 ...続きを見る

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2018/01/09 19:24
メリークリスマス「神が人と共にいること」
「クリスマス、おめでとうございます♪」(拍手)でも、なぜ「めでたい」のでしょうか?サンタさんがプレゼントを持ってきてくれるから?では、ないですね!救い主がお生まれになったからです。でも無力な赤ちゃんの姿ですから、どうやって人間を救うのでしょうか?不思議です。でも、赤ちゃんが生まれると家庭に光が差し込みます。家族に喜びをもたらします。何もできないけど、その存在が人々を幸せにするのです。神様も、このように人間を救うのですね。 ...続きを見る

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2017/12/26 19:00
「一杯の水」(王であるキリストの祝日)
英語説教の日本語訳です。「キリストは今も日常生活のごくありきたりの風景の中で、私たちに語りかけています。『水を一杯ください』と。私たちは、日常生活と仕事の中でキリストを見出す努力をしなければなりません。『渇く人に与えた一杯の水は、私にしてくれたことである』(マタイ25,35参照)、とキリストは保証しています。」 ...続きを見る

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2017/12/04 14:21
A Glass of Water
マカオ研修最終日は11月26日(日)、「王であるキリスト」の祝日でした。ミサの説教を紹介します。 "Christ is still talking to us in our ordinary everyday life. He says, “Give me a glass of water.” We must try to find Christ in our daily life and at workplace. “The glass of water given to a thirsty... ...続きを見る

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2017/12/04 14:15
A wise maiden and a foolish maiden
Jesus sometimes tells us parables that are difficult to understand by our common perception. One of them is the parable of “the wise and the foolish maidens”. ...続きを見る

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2017/11/12 19:34
愚かな乙女とは誰?
イエスは、ときどき常識では理解が難しいたとえ話をされました。「賢い乙女と愚かな乙女」もその一つです。油を切らした乙女たちは怠け者ではありませんでした。「言われたこと」を果たしていました。しかし、義務を果たすだけで花婿への心遣い(愛=カリタス)が足りませんでした。賢い乙女たちは忠実に真心を込めて「言われたこと」以上を果たしました。遅れたときの準備もしていました。花婿のことを第一の思い、大切に(=カリタス)していたからです。 ...続きを見る

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2017/11/12 19:30
キリスト者の「新しい律法」とは?
ユダヤ教徒にはモーゼの十戒の他に、生活や習慣を規定する600を超える律法がありました。たとえば、「豚肉を食べてはいけない」とか、「祭壇に捧げものをしなければならない」とかです。これに背いても私たちなら罪になりませんが、ユダヤ教徒なら罪になります。「律法(ルール)違反」という罪です。律法がなければ罪もないが、律法があると罪になるのです。律法(ルール)が罪を作り出したと言えます。イエスは、この律法を廃止しました。と言うより、より完全な形へと完成させました。では、キリスト信者の新しい「律法」とは何でし... ...続きを見る

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2017/11/06 14:42
聖性は「ハイと答える」素直な心
 幼き聖テレーズの7歳下に、同じくフランス人でカルメル会修道女の三位一体の聖エリザベットがいます。彼女は聖性の理想について問われて「愛によって生きること」と答えています。あなたなら、何と答えますか?聖ホセマリアは「日常生活と仕事を通して聖性を追求する」と教えていますが、その知識ではなく、あなたの聖性の生き様を問うています。自分の人生のモットー、あるいは座右の銘と言ってもいいかもしれません。 ...続きを見る

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2017/10/19 11:24
「聖体の生活」−キリストの土台の上に家を建てる−
 イエスは人生を「家を建てる」という例え話で説明します。誰もが立派な家を建てることが幸福だと勘違いしています。しかし、たとえ金銀の立派な家を建てても、砂地に立っていれば砂上の楼閣に過ぎません。一旦大雨が降って洪水になれば流されて、後には何も残りません。木材の質素な家でも頑丈な岩の上に建っていれば、流されずに家は残ります。大切なことは家の立派さではなく、何の上に建てているか、なのです。 ...続きを見る

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2017/10/07 09:25
「神の論理」と「人間の論理」
 福音書を読むと、ちょっと納得できないようなイエスの言動に出くわします。たとえば、朝早くから働いた人が、夕方から一時間だけ働いた人と同じ賃金だったので不満を漏らすと、イエスはその人を叱った(マタイ20. 1-20)。おもてなしに忙殺されたマルタが、手伝わない妹マリアに腹を立て、イエスに手伝うように頼んだら、逆にマルタが叱られた(ルカ10.40-)。放蕩息子の例え話では、父親は放蕩をして無一文になった息子を喜んで迎えるのに、父に忠実だったその兄に対して厳しい態度を取る(ルカ15.11-32)、など... ...続きを見る

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2017/09/29 16:12
「いい人」とは、「聖人」とは・・・?
 いつも笑顔の人は「優しい人」、相手に手を差し伸べる人は「親切な人」です。では「善い人」とは、どんな人だと思いますか?「善行をする人」と考えるかもしれませんね。古の聖人(聖アウグスティヌスだったかな?)は、「全てを善く行う人」と定義しています。親切などの善い行いだけでなく、「すべて」です。つまり、飲んだり食べたりすることも、「よく行う」のです。「善い飲み方、食べ方」とは、暴飲暴食の反対です。腹八分で抑え、好きなものを控えたり、嫌いなものもすすんで食べたりします。節制や慎み、犠牲の精神が生きている... ...続きを見る

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2017/09/21 14:47
「救い」は信仰から!
 苦しみや困難から救われたいと思う人は多いでしょうが、魂の救いを願う人は少ないかもしれません。キリスト教が「神の救い」という時、具体的には何を指しているのでしょうか?けっして現世的な解決や癒しではありません。第一は霊魂の救いです。つまり、原罪によって悪に染まった霊魂を清め、永遠の生命を受けて天国に入ることを意味しています。まず、この世で「救いの始まり」である洗礼で原罪から清められ、人生という「救いの道」で聖体やゆるしの秘跡で強められ、「救いの完成」すなわち天国に入ることです。 ...続きを見る

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2017/09/15 16:39
「交わり」の霊性
3. 三位一体の神に似ている人間 『神は人間を救うに当たって、一人ひとりを別々に救うこともお出来になったが、一つの「神の民」として集め教会を設立して、一つの家族として人類を救いに招かれました』(教会憲章9番参照)。なぜでしょうか?罪は個人的ですから、聖性も個人的です。だから、一人ひとり個別に救われるのが理に叶っていると考えても不思議ではありません。でも、神の考えは違いました。最初からそうでした。アダムという個人的な罪が全人類に及びました。そこにヒントが隠されています。 ...続きを見る

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2017/09/07 15:07
人と「結ばれ」神と「交わる」
1. 絆を切ることで神と対立する人間 「一人でいるのは良くない」。神がアダムに向かって言った言葉です。一人では幸せになれませんでした。そこで、神はアダムに見合うもう一人の人間エヴァを造りました。こうして、人は自分を与えても惜しくない愛に出会いました。二人は愛し合うことで、神への愛を生きることになりました。「二人で幸せになろう!」という思いが神の考えとピッタリ一致しました。そこから家族が生まれ、子孫が増えて人類になりました。夫婦から親子、兄弟が愛し合うことへ成長して、人類になりました。誰もが互い... ...続きを見る

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2017/09/01 09:26
キリスト者よ、大志を抱け!
明治時代、北海道開拓のために設立された札幌農学校で、指導に当たったクラーク博士が残した名言「少年よ、大志を抱け!Boys, be ambicious!」は、あまりにも有名です。「大志」とは、自分の出世や金持ちになる個人的な野心ではなく、日本の将来のために、人々の幸福のために自分の人生を賭ける高貴な志でしょう。野心ではなく大志を持てと、青年を鼓舞したのです。 ...続きを見る

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2017/07/19 13:24
信徒の「司祭職」
 「信徒は司祭ではなく、司祭は信徒ではない。だから矛盾だ!」と思う人も多いでしょう。それは「司祭=神父」という誤解があるからです。神父の司祭職は、イエスとなってミサを執り行い、イエスになって罪をゆるす秘跡を執行します。さらに、教会という「神の家」で信者の世話をします。これらは見に見えるので分かりやすいです。信徒の司祭職は、何をすることなのでしょうか?第二バチカン公会議では、これを「共通の祭司職」と呼んでいます。    まず、信徒が司祭であることについて説明しましょう。神父が叙階の秘跡で「イエ... ...続きを見る

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2017/07/14 22:37
福音を「聞く」と「読む」の違いは…?
 先日、大分教会で平山司教様の叙階60周年記念ミサが行われました。今年、93歳の誕生日を迎えられて、なお現役でローマにおいて仕事をされています。ミサの終わりに短い感謝の挨拶をされました。「イエスが私のために、十字架で命を捧げてくださいました。私が回心する前から、先取りして罪を許して下さいました。主よ、あなたが私を選んで下さったのです。それを思うと、涙が出そうになり、心から『ありがとう』と言いたくなります。」目新しいことは何一つ話されていませんが、聞く者の心に響く魂の言葉でした。 ...続きを見る

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2017/07/07 19:20
福音は「感染」する!
 教皇様への黙想指導で有名なカタラメッサ神父が、興味深い例え話をしています。「学者がウイルスについて熱心に調べても病気に感染しないが、患者に触れれば病気に感染する。キリスト教も同じこと。いくら知識を伝えても信仰は伝わらないが、本当に信仰を生きている人に触れれば、福音は伝わる。つまり『感染』するのだ」(サン・パウロ出版「司祭職」p.161参照)。 ...続きを見る

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2017/06/30 15:56
「神に栄光」って、何?
 鎌倉時代になると禅が盛んになり、道元が「自然のあらゆるものの中に仏が宿る」という教えを広げました。それが「山川草木悉皆成仏」です。イエス・キリストも同じことを説いています。「野の百合、空の鳥を見なさい。神の愛が注がれているでしょう」と。パウロは「すべての物の内に神はおられる」(エフェゾ4.6)と教えています。 ...続きを見る

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2017/06/23 09:12
神様を「食べる」宗教?
 神には手を合わせて拝むもの。これが世界共通の認識でしょう。「神を食べる」などと言えば不謹慎、非常識と笑われるか、神を冒涜すると非難されそうです。しかし、こんな常識を超えることを堂々と教えた方がいます。それがイエス・キリストです。「私の肉を食べ、血を飲まなければ永遠の命はない」「私は食べ物である」と大群衆に向かって説いたのです。 ...続きを見る

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2017/06/16 16:11
三位一体って、どういうこと?
 神は「父と子と聖霊」三つのペルソナ(顔)を持つが唯一の神である。これが三位一体の奥義です。そして神秘です。人間の理解を超えています。でも次の例えで少しだけ分かります。神は父の顔、子の顔、聖霊(愛)の顔を持っているのですが、それは一人の女性に例えられます。子にとっては母の顔、親に対しては娘(子)の顔、そして夫に対しては聖霊(愛)の顔をもっていますが、三人の女性ではなく一人の女性。これと同じです。 ...続きを見る

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2017/06/09 19:58
カトリックは「古くさい」のか?(2)
時代を切り開いたキリスト教的な「人権」は姿を消し、個人主義的「人権」が幅を利かせています。これでは本来の目指していた社会を実現出来ません。人権を標榜する政治を「リベラル派」と言いますが、世界を牽引したイギリス、アメリカでリベラルな政治に国民の「No!」が突き付けられました。時代の流れが大きく変わろうとしています。平等を目指しながら、実際は経済的な格差が進みました。それは偶然ではありません。 ...続きを見る

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2017/06/02 14:59
カトリックは「古くさい」のか?
歴史の授業でカトリックを「旧教」、プロテスタントを「新教」と習ったのを覚えています。カトリックは古くさいという印象を与えます。さらに、「離婚が出来ない」とか、「堕胎を認めない」という教えが拍車をかけています。本当にカトリックの教えは時代遅れで、役に立たないのでしょうか?確かに技術は進歩しますが、人間の本質はいつの時代も変わりません。真理は不変です。真理は古くならないし、いつの時代でも私たちを正しく導いてくれます。 ...続きを見る

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2017/05/27 16:15
二つの自由、二つの信仰
 人間は善と悪、どちらでも選択できる自由が与えられています。だからこそ、善を選べば徳となり、悪を選べば罪になるのです。このように人間の行いには責任が伴っています。これがキリスト教的な自由の考え方です。ところが近年、まったく対極にある考え方が現れました。公権力の介入を最小限にして個人の権利を最大化する自由、つまり個人の欲望を実現する自由です。これを「個人主義的」自由と言います。 ...続きを見る

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2017/05/19 19:53
「謝りなさい」と「ゆるしてあげなさい」の違いは?
 砂場で遊んでいた子どもがケンカを始めました。一人がお友だちのおもちゃを勝手に横取りしたのです。取られた子は泣き出してしまいました。側で見ていた母親が「返して、謝りなさい!」と強く言い聞かせました。すると、もう一人の母親が我が子に「ゆるしてあげなさい。そして、貸してあげなさい!」となだめて言い聞かせました。どちらも具体的な状況でしつけをしていますが、その意味合いには違いがあります。親は、その違いを意識して指導する必要があります。 ...続きを見る

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2017/05/13 11:24

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