斎藤宗次郎の生き方(3)


こんな生活を二十数年間過ごしました。ところが、ある事情が生じて、生まれ故郷を捨てて、上京しなければならなくなりました。

朝一番の電車で故郷を離れる時、私を見送ってくれる人は誰もいないだろうと思いながら駅に行ってみると、そこには、たくさんの人が見送りにきていました。町長さんをはじめ、小学校の校長先生、そして子供達、神社の神主さん、お寺のお坊さん、皆、斎藤宗次郎を見送る為に、感謝の心を込めて集まっていました。

たくさんの見送りの中に、若き日の宮沢賢治もいました。宮沢賢治は、この、斎藤宗次郎を自分の先生のように思い、また模範のように考えて、あの有名な「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」という詩を作りました。

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