神の視線で自分を見つめる


もう一歩進めて考えれば、「相手のちょっとした言動に腹を立てている自分も、嫌っている人と似たり寄ったりの人間ではないのか?似たところがあるから敏感になっているのではないか?」と考えてみることです。

「あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか」(マタイ7.3)。

たとえ相手が悪く、相手に落ち度があっても、それを通して私自身が試され、鍛えられているのです。罪を裁くのは神様に任せて、苦い木から甘い実を取り出す術を身に付けるほうが得策です。

感情的になり、「ゆるせない」と考えているとき、その出来事に自分全体が巻き込まれた状態になっています。それでは、自分を救うことに精一杯で、何が何でも全部を相手のせいにしなければ気が済まないので、どうしてもゆるせないのです。まず、そこから離れることです。物理的にできないなら、心理的に離れることです。そして、神様に冷静に話しかけてみるのです。

「確かにあの人はあなたに対して悪かった。しかし、あなたは神に対してあの人以上に悪かったのではないか」(聖ホセマリア・エスクリバー、『道』686)。

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