神仏は尊し、神仏にたのまず
私の故郷は兵庫県の西の方にある龍野という人口5万人の小さな城下町です。
そこに古くから「円光寺さん」と呼ばれ親しまれてきたお寺があります。その寺の古文書によれば、宮本武蔵が逗留していたとあります。さらに、物好きの住職はこの宮本武蔵から剣の手解きを受けたとも書いてあります。
宮本武蔵は、一乗寺下り松の決闘に向かう途中に神社の前を通りかかり、必勝を願うために立ち寄ろうとして、ふと立ち止まりました。そして、神にすがるような弱い心ではいけないと考えて、神社には立ち寄らずにまっすぐ決闘場に向かいました。これが実話かどうか分かりませんが、実際に次の言葉を残しています。「神仏は尊し、神仏に頼まず」。
この宮本武蔵の態度を、神をも頼らない高慢な人だと思う人がいるかもしれません。皆さんは、どうお考えでしょうか?現代において信仰といえば、どんなご利益があるのか、それが第一に考えられがちです。キリスト教の勉強をしている人が、「どうして、そんな勉強をしているのですか?何かいいことでもあるのですか?」と尋ねられました。私も、ある方から質問されました。「どうして祈るのですか。なぜ神様を信じているのですか。信じるといいことがありますか?」(つづく)
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