宮本武蔵の心


みなさんなら、どういうふうに答えられますか。聖書を勉強していたその人は、勉強するのがあたりまえだと思っていたので、改めて質問されて答えに窮したそうです。

ところが、第三者から見れば、どうしてそんなに一生懸命になれるのか、疑問に思うのです。「何かいいことでもあるのだろう」、と勘ぐってしまいます。人々の心の根っこに「何かあるに違いない」という思いがあるので、「何のために?」と質問するのでしょうね。

信仰の本来の姿は、まず神を認め、神を敬うこと、つまり礼拝です。そして、有難いと感謝し、最後にお願いを聞いていただくのです。現代人は、しばしば一番目、二番目を飛ばして第三だけを求めているのです。

宮本武蔵は、三位一体の神、救い主イエス・キリストを知っていた分けではありません。しかし、損得を越えた、澄み渡った心で確かに神を見つめていたはずです。彼の描いた絵や書物から伺い知ることが出来ます。だから、神様に自分の都合のいいことだけをお願いするのが浅ましく思えたのでしょう。また、自分のことは自分で責任を取る覚悟がないといけないと感じたことでしょう。(つづく)

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