かぐや姫はマリア様
西安(昔の長安)に大秦景教流行中国碑というものが見つかり、そこには635年に景教が中国に入ったと記録されています。
景教は、仏教ではなくネストリウス異端のキリスト教です。これが東に移っていく途中、ペルシャ辺りで、マリア様が天に上げられた8月15日に、亡くなった人を天国に連れて行ってもらおうと死者の霊魂を一つの灯りに託して川に流すことが行われるようになりました。ペルシャでは聖母マリアのことを「光り輝く姫」と呼んでいました。また、景教の「景」の字は「光り輝く」という意味です。
それは日本にまで入ってきました。9世紀、弘法大師、つまり空海が中国(当時は唐)に渡った時に、景教のお寺でも学んでいます。おそらく空海あたりが、マリア様の被昇天、天に上げられたということを日本に伝え、末永く語り継がれるように、「かぐや姫」という物語にして日本に持ち込んだのではないかと考えられています。8月15日がお盆なのは、聖母の被昇天の日だからです。
かぐや姫は、何百年にわたって語り継がれてきました。実は、そこに聖母の被昇天への信仰が込められていたのです。先祖の方々は、かぐや姫が聖母とは知らずに、話の中にそれをしっかり刻み込んで伝えてきました。聖母への憧れは形を変えて日本で生き続けてきたのです。もう一度、竹取物語を読んでみてください。あちこちに、聖母の事が散りばめられているのに気付くはずです。(つづく)■
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