天国に生んでもらう!


神の国にはいるために「神の子」に生んでもらわなければならない、と話しました。神の子に生んでもらうとは、神の家族に生まれることを意味します。聖家族の一員になるのです。だから、洗礼とは単なる個人的な人生の選択ではなく、神の家族全体に関わる出来事になります。夫婦に赤ちゃんが産まれるのと同じですね。

赤ちゃんが出来ることは、自分中心の考え方からすれば、自分の時間を奪われる出来事になります。でも、家族を愛する人は、自分が家族と共に成長するうれしい出来事になります。洗礼は、新たに神を家族として自分の中に受け入れることです。利己主義的になれば、神のことが自分を邪魔する厄介者に感じるでしょう。もし、追い出すなら勝手気ままで出来るでしょうが、同時に孤独になります。受け入れるなら、自分自身は何も減らず、相手を受け入れた分だけ自分が豊かになります。支えられ、守られ、励まされます。

もし、子どもが自分で生まれたら「子と母親」の絆は出来ません。生んでもらうから関係が生まれます。同じように、生んでもらうことで「神と私の絆」が生まれるのです。その絆を通して成長していきます。キリスト信者でも、この神との親子関係に気づいている人は多くありません。信仰を義務だけで受け取っているからです。それなら奴隷と主人のような関係に陥ってしまいますね。親子の愛情がないと信仰に留まることは難しいです。

実は、もう一回「生んでもらう」必要があります。この世ではまだ神の子として不完全で、母の胎内にいる胎児みたいです。母から栄養をもらって成長して、もう一回生まれなければなりません。新たに生まれ出る場所が天国です。自分一人では天国へ入れません。「生んでもらう」のです。その母が聖母マリアです。この世は、ある意味で聖母の胎内なのです。聖母と協力して、日々、しっかり成長しましょうね!■
*2013/01/13「主の洗礼」ミサ説教より

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