自分の「居場所」


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人間にとって、「愛される、大切にされる、理解される、心を許せる・・・」そんな場所が、「私の居場所」といえます。ところが、これらが奪い去られることが人生の中で起こります。その時、もう生きる場所がなくなるでしょうか。世間をさまようしかないでしょうか。そんなはずはありません。これらの「居場所」は出発点にすぎません。その先には、自分で切り拓いていく「居場所」があるのです。

それは、人々のために役に立つ、仕える場所です。「受ける」ことから「与える」場所へ転換していきます。その場所は、必ずあります。それを見つけ出さなければなりません。けっして楽ではありませんが、人間にとって必要なことです。とても大切なことが一つあります。たとえ人間的にすべての希望を失ったとしても、例外なく人は神様から愛されていることです。必死で生きていくとき、必ずそれに気付きます。例外はありません。逃げ出した人だけが、そのことに気づかないのです。

イエスは最後の晩餐で次のように話されました。「神を信じなさい。(…)わたしの父の家には住む所がたくさんある。(…)行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える」(ヨハネ14.1-3)。このように、私たちには将来の「居場所」が約束されています。そして、この地上での「居場所」と天国での「居場所」はつながっています。だから、自分の場所から逃げ出したら、あの世の「居場所」も失います。日々の生活の苦労を避けるのではなく、そこが生きる道だと覚悟を決めて受け入れるのです。

地上におけるイエスの居場所はどこですか?小さくて薄暗い金属の家、つまり聖櫃です。けっして居心地のいい場所ではありません。でも、私たちと共に生きるために望んで「そこ」にいます。そこがイエスの居場所です。マザー・テレサが面白いことを言っています。「福音について話したいですか。それなら、ほうきを持って、どなたかの家のお掃除をしなさい。お話はそれで十分です」。私たちが神様を愛する場所は、私たちが生活をしている場所です。自分の場所で精一杯に生きるなら、そこが自分の「居場所」であり、天国の「居場所」にまで続きます。■
*2015/03/17 霊的指導より

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