神の心、子知らず

イエス様の教えは、時として常識を超えています。たとえば、朝からぶどう園で働いた人と夕方から1時間だけ働いた人に同じ賃金を渡し、不平を言う人を叱ります。働き者のマルタを叱り、おもてなしを手伝わずにイエスの話に聞き入るマリアを褒めました。叱られた人に同情する人も多いでしょう。今日の有名な放蕩息子の例え話でも、真面目なお兄さんの方に同情する人がいると思います。

同情する人は常識で判断しています。イエス様は非常識な方ではありません。でも、常識に縛られた人でもありません。むしろ、当時の常識をひっくり返すために来られた「革命家」です。だから、常識を超えた教えにこそ信仰の真髄が隠されています。常識的に考えると、真面目な兄の方が褒められ、放蕩息子が叱られるはずです。しかし、慈しみ深い父親は別のことを考えていました。それは、神の考え方です。

その考えとは…?父親と心がつながっていることです。放蕩息子は、心が一度父から離れましたが、過ちに気づいてゆるしを願いました。父親と心がつながったのです。兄の方は、父の側にいましたが損得ばかりに気を取られ、心は離れていました。そして父と喧嘩するのです。兄は勘違いしていました。規則を守れば救われると考えていました。しかし、救いは神の愛から溢れ出るのです。その愛に触れなければ救われません。

ヤコボは「行いのない信仰は死んでいる」と言いましたが、パウロは「愛が無ければ全て空しい」と教えています。兄は真面目でしたが、愛の心に欠けていました。だから「救い」に触れることが出来ません。同じように、マルタも妹を批判して愛にかけました。朝から働いた人も自分が損をしたと考えて、愛に欠けていました。私たちも放蕩息子にならって「私は罪を犯し、神に背き、父に背きました」とゆるしを願うべきではないでしょうか?■
*2016/03/06 鶴崎教会、四旬節第4主日ミサ説教より

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この記事へのコメント

みか
2016年03月14日 14:24
ロールズの説に、配分の原理というものがあることを知りました。マタイによる福音書のブドウ園のたとえみたいです。一時間だけ働いた人は病気の人かもしれなかったのだなあ。
放蕩息子はお父さんまでもがけがれた息子の穢れを背おうように、抱きしめてくれました。いつも忘れずに待っててくれたのですね。神とは無条件の愛のことなのですね。
みか
2016年03月15日 10:05
岩田靖夫先生の本を読んでロールズの配分の原理を知りました。ブドウ園でのたとえの、1時間だけ働いたものは病気の人だったかもしれないとありました。そして放蕩息子がけがれていてもずっと待っていて穢れが移るのも構わず抱きしめる父親。神は愛そのものなのですね。
toma-san
2016年03月20日 22:24
岩田先生の貴重なお言葉、ありがとうございました。神の正義は人間の正義を超えて、「憐れみ」「慈しみ」となって表れるのですね!
みか
2016年03月21日 14:29
岩田先生の名前を入れ忘れて二度も書いてしまいまい申し訳ありません。よくわからなかった「憐み」の語源が、ヘブライ語の「腸」と同じそうで人間のみじめさに無条件に神の体が反応したのかと妙に納得いたしました。いつもブログにて勉強させていただいてありがとうございます。

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