「キリスト信者」から「キリスト者」」へ

教会文書の文言が「キリスト信者」から「キリスト者」へ変わったことに気づかれましたか?どちらも同じ意味ですが、感じ方や受け止め方が微妙に違います。「〇〇信者」と言えば、仏教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒などではなく、「キリスト信者」ですという意味になります。つまり、ある宗教組織に属している外的な身分を表しています。一方「キリスト者」と言えば、イエス・キリストに従う人、その生き方を模倣して「もう一人のキリスト」を目指している人を連想させます。身分だけではなく、それに見合った心や内的状態を指しています。

「キリスト信者」になるためには、何をすればいいでしょうか?洗礼を受けるだけで十分です。その瞬間からキリスト信者です。しかし、本当の意味で「キリスト者」になっていません。スタート地点に立ったばかりです。これから少しずつキリストに似た者になっていきます。「キリスト信者」になるのは一瞬、「キリスト者」になるのは一生です。洗礼は始まりに過ぎなくて、完成ではありません。イエスが「種まきの例え話」を語っていますが、それに似ています。

『農夫が種まきに出かけた。ある種は道端に落ちたので、すぐ踏まれてしまった。ある種は石地に落ちたので、日が照ると枯れてしまった。ある種は茨に落ちたので、成長すると塞がれてしまった。ある種は良い土に落ちて、すくすく育ち100倍もの実をつけた』(マタイ13章)。この種が洗礼です。イエスご自身は種を「みことば」と解説されていますが、みことばとはイエス・キリストであり、洗礼とはイエスと結ばれ新しい命を生きることですから、同じことです。

「道端」とは心変わりしやすい不安定な人、「石地」とは自己中心で、困難があると逃げ出してしまう人。「茨」とは様々な誘惑に負ける弱い人。「良い土」が、キリスト者を目指している人のことです。決心と覚悟を決め、わがままを捨て、困難に負けない根気を育て、誘惑と戦い、「もう一人のキリスト」さらに「キリスト自身」になることを生涯の目標に掲げて生きる人です。あなたも「キリスト者」ですか?■
*2018/09/30
【解説】
パウロはキリスト者になる道を説明しています。(フィリピ3.7-11)
① キリストを知る。②キリストの苦しみに与る。③キリストの死を見に帯びる。④死者の中から復活する。

第1段階:洗礼を受けて、キリストに結ばれ、新しい命と力を体験し、日常が信仰に根ざしたものに変わる。
第2段階:世の人々から反対され、キリストの苦しみにあずかり、その苦しみはイエスの死に深く同化させていく。
第3段階:イエスと共に永遠の生命に生き、死者の中から復活する。

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