母の洗礼


母が洗礼を受けたのは今から6年前、77才の時でした。

わたしが洗礼を受けたのは20年数年前ですが、その時からキリスト教について度々話してきました。その度に、「キリスト教は西洋の宗教だ」と嫌っておりました。ましてや、洗礼を受けたいと言い出すなど夢にも思いませんでした。ところが、父親が亡くなる直前に緊急の洗礼を受けたのを見て、「亡くなる前だったら洗礼を受けてもいい」と、一歩譲歩してくれました。

父が亡くなって5年、母はゴールデンウイークに風邪をこじらせて入院しました。母親のところに飛んでいって「洗礼を授けようか?」と尋ねると、「わたしはまだ死にません!」と、弱っていたはずの母が急に強い声で私を怒りました。とても洗礼を受けるような感じではありませんでした。

母はずいぶん前に胃を患って医者からは長くないと言われていました。本人には内緒で手術を勧めました。その時、ホセマリア・エスクリバー神父の祈りのカードを母に渡しました。母はそれをもって祈ったらしいのです。それで決心がついて手術を受けたと、後になって本人から聞きました。手術をすると医者もびっくりするくらいきれいに治ってしまい、後遺症もなく、転移もしてなかったのです。本人は「祈りのカードのお陰で救われた」と言っていました。

それ以後、キリスト教の話を少しすると、「イエス様はどうか知らんけど、この神父様は信じる」と言って、そのカードだけはいつも大切に持っていました。「この神父様が信じている神様ならきっといい方でしょう」と言うまでになりました。■(つづく)

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