日曜日のミサ


「日曜日、ごミサに与ること」は、初代教会からの習慣です。

二世紀中頃、聖ユスチノが主の日の典礼に関して次のように述べています。

「『日曜日』と呼ばれている日には、町や村のキリスト者が全員集まり、時間の許す限り使徒達の記録、預言者たちの種々の書物を読む。読み終わると、指導者がこのような美しいことがらをまねるようにと、言葉をかけて励ます。それから、一同がいっせいに起立し、祈りを捧げる。それが終わると、パンと水を加えたぶどう酒が捧げられる。指導者は力強く、祈りと感謝のことばを唱え、会衆は、アーメンと唱える。そして、感謝のうちに聖別された食物が一人一人に授けられ、欠席者には助祭によって届けられる」 。

教会が、日曜日のミサへの参加を義務にしなければならなかったのは、信仰がローマ帝国に公認された後、ある人々が不熱心や怠慢になったからです 。キリスト者にとって、恩寵の源であるミサ聖祭に度々あずかることなしに超自然の生命を維持し成長させることは不可能です。

カトリック教会のカテキズムは次のように教えています。「教会によって公布される掟が義務を負わせることになるのは信者を守るためであり、祈りの精神、内的な努力、神と隣人への愛を増すことにおいて絶対に必要なものです。」 ■(つづく)

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