主よ、お言葉ですから・・・


一晩中働いたのに魚一匹の収穫もありませんでした。

舟を降りて網を洗っていると、主イエスから「漁に出よう!」と言われました。私たちならどうするでしょうか?漁師の頭であったペトロは、まず何も獲れなかったと説明しましたが、その後「お言葉ですから・・・」と漁に出て網を下ろしました。すると、今度は大漁になりました。

ペトロは漁に自信がありました。今頃出かけても何も獲れないのは分かりきっていましたが、主イエスに反対するほど傲慢ではありませんでした。わずかな従順がありました。一緒に行って、何も獲れなかったら納得してもらえると考えたかもしれません。だから、魚を獲るプロのペトロは、この大漁が奇跡だと直ぐに分かりました。そして、「私は罪人です。私から離れてください!」という信仰の表明につながりました。

主イエス無しで働けばこんなものです。一晩中働いても何も実りがありません。ところが、主が舟に乗り込むと大漁です。これは、物的な話ではなく、内的、霊的な話です。この世の事柄、世間体に心を奪われて必死になっても心に平安はありません。祈りを通して神に従うという心がけがわずかでもあれば、そこから内的な喜びと平和が訪れるでしょう。3月27日のトマさん「生活の一致」で紹介した「糸無しで針を動かす」と同じですね。■(つづく)

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