仕合わせについて
働くことは人間を磨く道です。
聖書に次のような記述があります。「神はアダムに向かって言われた。『(・・・)土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。(・・・)お前は顔に汗を流してパンを得る」(創世記3.16‐19)。人間は神に対して罪を犯し、その罰として、働くことに困難が伴うようになりました。しかし、仕事自体が罰なのではありません。仕事は神に協力することであり、そうやって人間を完成させる機会になります。
アダムはエバのために額に汗して働きます。仕事を通してエバに仕えます。エバは家事をして子供を育ててアダムに仕えました。これが家庭の原型であり、社会の原型です。現代社会はもっと複雑で、男性も女性も家庭と社会の両方に携わりますが、根本は変わっていません。仕え合うことなのです。
しあわせとは、一人で求めるものではなく、相手がいて、相手のために仕えるとき、しあわせが実現します。そして、相手からも仕えられるとき、もう一つのしあわせも実現します。普通は「幸せ」と書きますが「仕合わせ」と方がピッタリだと思います。互いが仕え合うとき、「仕合わせ」になります。「働く」は「ハタが楽(ラク)する」とも言います。一言で言えば、自己愛の泥を拭い去って人々に仕えて自分を磨く、これが仕事で、しあわせになる秘訣ですね!■(つづく)
*三川調理師学校、卒業生のための職業倫理講座より
"仕合わせについて" へのコメントを書く