トップを歩む人
知り合いのOさんの一周忌追悼ミサでの説教です。
故人Oさんを偲び、共に祈るために1年ぶりにここに集まりました。振り返れば、Oさんは良い商品を世に送り出して、家庭に喜びと幸せを届けようと、いつも真摯に力を尽くしておられました。家庭の喜びが集まって社会の喜びになります。幸せな家庭が増えれば、社会も幸せになります。社会が一つの大きな家族のようになれば、世界も平和になるでしょう。社名には、そんな願いが込められていると思います。
人々に喜びをもたらすのは大変骨の折れる仕事です。重大な決断を前にして真剣に祈っておられる姿も見ました。先頭を切って進む人、トップを歩む人は、「責任」という二文字がのしかかって来て、倒れそうになることもあるでしょう。将来を確実に知ることは出来ませんが、決断を迫られます。そんなときは孤独です。だから、イエス・キリストに祈ります。イエスもトップを歩んだ人だからです。
イエスは、「誰でも私のところに来なさい!休ませてあげよう!」と招いています。ここにはキリスト者ではない人も大勢いらっしゃると思います。そんな方も無関係ではありません。イエスは、「誰でも!」と呼びかけておられます。だから、一人一人が単純率直になって話しかければ、きっと返事が返って来るはずです。このイエスは、先頭に立ってすべての人を救いに招いています。トップを歩む、と言っても力で支配するのではなく、仕えることで導きます。99匹の羊の有名なたとえ話の通りです。迷った一匹の子羊を探してどこまでも追いかけます。見つけると肩に抱いて群れに連れて行きます。
これがトップを歩む人も模範です。故人のOさんも天国からそれを望んでおられると思います。残されたものがその願いを実現できるように、心を一つにしてお祈りいたしましょう!アーメン■
*2009/03/21/カトリック夙川教会にて
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