「凶」を「大吉」に変える道

人生の中で挫折や失敗、思わぬ不幸な出来事があります。全てから見放されたような孤独と不安、時には絶望があります。そんな時、心の中で人は叫びます。「神よ、なぜ私を見捨てられたのですか?」この言葉は、イエスが十字架上で叫んだ言葉です。そして、その悲惨な状況は、詩篇22番の祈りの中で1000年も前からダビデ王によって預言されていました。

救い主であるイエスが絶望したのでしょうか?人間的に見て、確かに絶望的な状況でした。そして、イエスは人間的な絶望を実際に経験したと言えます。十字架の絶え間ない鋭い痛み、使徒たちに見放され、裏切られた苦しみ、すべてを経験しました。救い主である方が苦しむという矛盾。自分で自分の苦しみを救わないという矛盾…。私たちには矛盾に見えますが、神の目から見れば、「苦しむ人の側に行き共に苦しむ」という愛の行為でした。

しかし、共に苦しむだけなら慰めを与えることは出来ますが、救うことは出来ません。苦しむ人と共に苦しみ、その後イエスは死から復活します。苦しむ人と共に復活するのです。イエスは十字架で人間的な絶望を経験しながら、父である神に信頼していました。「希望がない時にも父である神に希望を託し」たのです。そして、その通りになりました。あの叫びは絶望の叫びではなく、希望の叫びに変わります。

あの叫びには続きがあります。「(神は)御顔をそむけず、その叫びを聞き入れられた」「主を求めるものは、主をほめる」「私の魂は主のために生きる」つまり、人間的には辛い経験こそが心を神に向け、救いをもたらすことを約束しているのです。おみくじの占いで「凶」が出たら不幸があると思いますが、イエスは、十字架から「凶」が「大吉」への道になると教えているのです。■
*2015/10/16 大分教会、キリスト教入門講座より

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