信仰は温室で育たない!
植物にとって「温室」は快適で、まるで天国のように感じられるでしょう。でも、それは勘違いです。植物本来の強さが育っていないからです。梅雨の雨に打たれ、水分を蓄え夏の日照りに耐え、根を伸ばして水分を取り込み、秋の台風に吹かれても倒れない丈夫な根を大地に張ったのです。もう何が起こっても心配ありません。信仰も、これと同じです。
信仰の種はイエス自身から洗礼を通して頂きました。そして、種の内側から成長する力を恵みの形で注がれました。それが聖体であり、ゆるしの秘跡であり、ミサや祈りです。この信仰が育つのは温室でもなく、実験室でもありません。家庭と社会という現実世界です。そこで様々な困難に出会いながら、恵みに強められて乗り越えていくとき、信仰が身に付き、イエスと共に人生を切り開いて行きます。これが信仰生活の真髄です。
聖セホセマリアは「聖性は実験室で作られるのではない」と言い、工場や事務所、田畑や台所など、つまり世間の真只中で培われると説明しています。家族の一人ひとりの幸せを思い、喜んで自分を捧げるとき、神の願いを果たしたことになります。社会と人々に貢献するために自分の才能を活用するとき、神から託された使命を実践することになります。そこには困難や失敗、挫折とやり直し、成功と感謝など、人生があります。その中にイエスが映し出されるのです。十字架を担い、償いを果たし、神と人々に感謝して、人々と共に生きながら神と共に生きます。
「温室」とは、嫌な状況から逃げ出して、波風の立たない「安全な教会」に引きこもることです。ミサや黙想にひと時の安らぎを求め、後は我慢して暮らすことです。現世の苦しみを我慢した人に褒美として天国が与えられると思い違いしているみたいです。温室育ちは上品だけれど、逆境に弱いものです。すぐ枯れてしまいます。真の信仰は強いものです。「弱いけど強い」と聖パウロが宣言しています。イエスが共にいて助けてくれるので強いのです。さあ、街の通りへ飛び出して行こう!■
*2016/06/21 聖ホセマリア記念ミサ(大分)説教より
信仰の種はイエス自身から洗礼を通して頂きました。そして、種の内側から成長する力を恵みの形で注がれました。それが聖体であり、ゆるしの秘跡であり、ミサや祈りです。この信仰が育つのは温室でもなく、実験室でもありません。家庭と社会という現実世界です。そこで様々な困難に出会いながら、恵みに強められて乗り越えていくとき、信仰が身に付き、イエスと共に人生を切り開いて行きます。これが信仰生活の真髄です。
聖セホセマリアは「聖性は実験室で作られるのではない」と言い、工場や事務所、田畑や台所など、つまり世間の真只中で培われると説明しています。家族の一人ひとりの幸せを思い、喜んで自分を捧げるとき、神の願いを果たしたことになります。社会と人々に貢献するために自分の才能を活用するとき、神から託された使命を実践することになります。そこには困難や失敗、挫折とやり直し、成功と感謝など、人生があります。その中にイエスが映し出されるのです。十字架を担い、償いを果たし、神と人々に感謝して、人々と共に生きながら神と共に生きます。
「温室」とは、嫌な状況から逃げ出して、波風の立たない「安全な教会」に引きこもることです。ミサや黙想にひと時の安らぎを求め、後は我慢して暮らすことです。現世の苦しみを我慢した人に褒美として天国が与えられると思い違いしているみたいです。温室育ちは上品だけれど、逆境に弱いものです。すぐ枯れてしまいます。真の信仰は強いものです。「弱いけど強い」と聖パウロが宣言しています。イエスが共にいて助けてくれるので強いのです。さあ、街の通りへ飛び出して行こう!■
*2016/06/21 聖ホセマリア記念ミサ(大分)説教より

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