テーマ:説教

三本の十字架

キリスト信者は、祈る時に十字架の印を切ります。これは単なる習慣ではなく、キリストの十字架によって罪から清められ、永遠の命に繋がれ、神の子となったことを思い出すためです。そして、様々な苦しみや困難を十字架に結び付けて、神と交わる決心を新たにしているのです。ところが、厄介なことに十字架は三本あります。そして本物は一本だけです。残りはニセ…
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祈りは最大の武器

人間的に解決が出来ないような状況でも、祈りは万能です。四方八方が塞がれても上(天)が開いているのです。だから、「祈りは最大の武器」と言われます。しかし、これほど誤解されている言葉も無いでしょう。ただ祈っていれば問題が解決すると言う意味ではありません。また、本人の気休めや自己満足だけでもありません。祈りは大切で欠かせませんが、もう一つ…
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ぶどう園で働く人の不平

朝早くから雇われた人、途中で雇われた人、また夕方に雇われた人もいます。さて、午後6時になって賃金を貰う時が来ました。最後に雇われた人が来て、1デナリオン(一日分の給金、およそ1万円)受け取った。最初から働いた人は、もっと多く貰えると思ったのに、彼らも1デナリオンであった。一時間しか働かない人と、一日中、暑い中を辛抱して働いた人が同じ…
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神抜きの正義

私たちは自分の不幸や「してもらってないこと」に敏感で「不公平だ!」と感じます。反対に、自分に「してもらったこと」や他者の不幸に鈍感で無関心です。そんな自分中心の見方で正義を考えると、相手の心を傷つけ、自分も傷つき、幸せが遠のいてしまいます。聖書の有名な「放蕩息子」のたとえ話があります。その兄の方に同情が集まりがちですが、その心の中を…
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祈りで世界を変える!

「シリアの平和と世界の平和のため、断食と祈りを9月7日に捧げるように」教皇様が世界の12億人のカトリック信者に向かって異例のお願いをされました。世界情勢は緊迫していて、化学兵器を使用した疑いがあるシリアに対して、アメリカが人道的見地から制裁の意味で武力行使に踏み切る瀬戸際にありました。教皇様は具体的な事柄には触れていませんが、このよ…
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マリアとマルタ

生前にイエスが親しく交わった人々に、ラザロ、マルタ、マリアの三兄弟がいます。都エルサレムから数キロのベタニヤという村に住んでいたので、イエスが祭でエルサレムを訪れた時に宿を提供していました。それほど親密な付き合いでした。ある日、イエスがこられた時のこと、マルタはもてなしに忙しく立ち働き、マリアはイエスの足下で話に聞き入っていました。…
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神のいる世界の住人

「彼らは、砂漠を、辺境の地をさすらい、人住む町への道を見つけなかった。彼らは、飢え、また渇き、その生命は衰えていった」(詩篇107番)。同じ社会、同じ世界に住んでいても、心の目で見ると、二つの世界があります。「神のいる世界」と「神のいない世界」です。一緒にいても、各々が別々の世界に住んでいます。「神のいない世界」に住む人が歩む人生を…
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マリア様は母親そのもの!

「マリア様はお母様のような方です」と説明していますが、最近、「よく分からない…」という反応が返ってくることがあります。「母は、子供の私を思い通りに動かして、私の望みを認めてくれなかった」という恨みがあり、未だに母親との確執を引きずっている人が結構いるということに気付かされました。そんな状況で「お母様のような人」と言われても混乱してし…
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恵みの生かし方

「恵み」は人間の力ではありません。神の力です。この神の力は私たちの中でどのように働くのでしょうか?時々、外から一方的に働くことがあります。それを広い意味で「奇跡」と言っていいでしょう。しかし、奇跡は滅多に起こりません。奇跡がないからと言って恵みが無いのではありません。通常の恵みは、人間の協力によって効果を生み出しています。再び、マザ…
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マザー・テレサのように…

マザー・テレサが、同僚と二人で修道院から別の黙想の家へ旅をした時、ある出来事に出会いました。それは、駅のホームで老いた盲人の乞食が「水を恵んでくだされ!」と必死に手を差し出している姿でした。同僚は気にも留めず、何事もなかったように通り過ぎました。しかし、マザー・テレサは気になって仕方がありません。あの老人を通してイエス・キリストが「…
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郷土愛と信仰生活

武田信玄の地元で「信玄」と言うと「呼び捨てしないで『信玄公』と尊称で話してください」と注意されるそうです。それほど今も郷土で愛され続けている存在なのですね。大分は大友宗麟という偉大な戦国武将が治めていましたが、「敗戦の将」ということで、地元での評価が低いようですが、フランシスコ・ザビエルを正式に招聘した唯一の武将です。それだけ世界に…
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なぜ、怖がるのか?

イエスが舟に乗り込んで湖の向こう岸へ渡ろうとしている途中、嵐になって舟が沈みそうになりました。ところが、イエスは眠っていました。そこで弟子たちはイエスを起こして「主よ、助けてください!」と願いました。その時の答えが「なぜ、怖がるのか?信仰の薄い者よ!」でした。ちょっと酷な気がして、弟子が可哀想になりますね。イエスの真意は何だったので…
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現代に生きる使徒トマ

12使徒の一人、聖トマはインドへ宣教したと伝えられています。数年前、インド、ケララ州出身のインド人ジョンさんに出会って、興味深い話を聞きました。「自分たちは使徒トマの弟子だ!」と言うのです。それまで、使徒は遠い昔の歴史上の人物という感じだったのが、急に私たちのお祖父ちゃん、身内の先祖という近い存在に感じられました。 2000年…
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聖ホセマリアとの出会い

オプス・デイ創立者の聖ホセマリアは1975年6月26日にローマで亡くなっていますから、直接出会ったことはありません。しかし、私が司祭になった理由は彼との出会いであることは間違いありません。その出会いは友だちを通してもたらされました。大学三年生の時です。創立者は帰天して「取次ぎのカード」が出来ていました。ホセマリアを慕う世界中の人々は…
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天国までのプレゼント(2)

「ゆるし」を通して神と対話し、ゆるされ、愛を感じ、親しくなっていきます。神との親しさは単なる気持ちではなく、自己を見つめ、神を見つめることで深まっていきます。でも、相手が見えないと、時として「見つめること」が難しくなります。それを支えるのが「聖体」です。恋人同士や、夫婦や親子が離れて暮らす時に何をしますか?きっと、本人に代わる何か記…
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救いの道

「どうして神様は助けてくれないのですか?」という不満の声が聞こえてきます。現世的な癒しとか、苦労や困難がなくなることを「救い」と勘違いしているからです。それらは願いが叶ったところで、高が知れています。人間の思いを超えるものではありませんから…「救い」の本質は、過ぎ去る現世的な事柄から霊的な事柄へと心を引き上げ、人間の想像を遥かに超え…
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84歳で洗礼!

今年85歳になる私の叔父が、6月2日に洗礼を受けました。姫路にあるカトリックの賢明女学院で長らく教師をしていましたが、若い頃、神父と何度もキリスト教の勉強をしたことがあり、一ヶ月もの黙想に参加したこともあったそうです。今まで知りませんでした。それが50年後に実を結んだのです。先輩方が播いた種を私が収穫することになりました。洗礼式での…
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皆が一つになるように

父の十三回忌と母の四十九日を追悼して三位一体のミサをお捧げしたときの説教です。 人間が三位一体の神に似ているなら、「父と母と子」三人は一体と言ってもいいと思います。この地上では未完成ですが、天国では心が清められ神の愛だけが残りますから、父と母の心に完全に私がいて、私の心にも同時に父と母がいるように感じます。聖書で神が教えるよう…
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三位一体の祝日に

神は人間を創造する時に「我々に似せて造ろう」と言われました。だから人間は神に似ているわけですが、見たところでは弱々しくて自分を治めることすら覚束ない惨めな存在です。どこが神に似ていますか?人間は、知恵が届かず力も足りませんが、知性と意志を備えている点で神と似ていると言えます。でも、それだけでしょうか?似ている新しい点をイエス・キリス…
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三位一体の神

「神様は一人ぼっちだからかわいそう!」と言った小学生の女の子の言葉が忘れられません。思わず口を突いて出た正直な感想でした。地上の楽園「エデンの園」で何不自由なく暮らしていたアダムにも、同じ悩みがありました。自分に釣り合う相手が一人もいないのです。それでは幸福とは言えません。同等の相手エバが現れて、初めて愛することが出来て幸せになりま…
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主の昇天「見えなくなる!」

「使徒たちは、天を見つめて立っていた!」イエスとの今生の別れを惜しんで、立ち去りがたい気持ちなって、いつまでも天を見上げていたのです。すると人間の姿で天使が現れて、「いつまで見ているのか?さあ、イエスから命じられた通り、福音を全世界に伝えなさい」と励まされました。使徒たちは強められ、喜んで出かけていきました。 使徒たちは、もう…
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新・天地創造

聖書は天地創造の話から始まります。それを現代風に訳すと…「初めに光の爆発『ビッグバン』が起こり膨張を続け、やがて銀河系が形成され、太陽系そして地球が生まれた。やがて海が出来て、生物が発生した。さらに陸地が現れ、様々な生き物に進化して、最後に人間が生まれた。すべては『良く出来て』いた。こうして創造の業は完成し、七日目に神は休まれた。」…
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本当の「しるし」

群集はイエスに向かって、あなたを信じることが出来るように「しるし」を見せてください!と迫りました。それに対して、「では、今から奇跡を見せましょう!」とは応じませんでした。もし「しるし」を見せたなら、大勢の人々が改心しそうな気がしますが、なぜ、一見「けち」とも受け取られる応対をされるのでしょうか? 「しるし」を求めた人は他にもい…
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あなたにとって「復活」とは?

復活したイエスは、まずマグダラのマリアに現れ、続いてペトロやヨハネを始め使徒に現れました。次の週には疑い深かった使徒トマにもご出現されました。彼らは「見て、信じた」のでした。しかし、それから二千年も経った私たちにとって「復活」はどんな意味があるのでしょうか? 当たり前のことですが、復活するためには、まず死ななければなりません。…
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ホザンナとアレルヤ

復活節が到来しました。この時期は「お告げの祈り」に代わって「アレルヤの祈り」を唱えます。アレルヤとは「アレル」(賛美する)とヤーウェの「ヤー」(神)で「神を賛美します」という意味です。神を賛美するのは、神が人間の罪を贖い、私たちをゆるし、永遠の生命に招いてくださる「救い」が実現したからです。主イエスの復活によって、救いが我々に開かれ…
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イエスのアイデンティティー

復活したイエスは最初にマグダラのマリアに現れました。そして、復活したことを使徒に伝えるように頼まれました。そうして、「主イエスは復活した!」と宣言した最初の人になりました。ところが、それを聞いた使徒の頭ペトロも主に愛された弟子のヨハネも、マリアの言葉を信じませんでした。それから2000年も経った私たちが信じられないのは当たり前ですね…
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天国泥棒

イエスが十字架につけられた時(これはローマ帝国の文献にも記述される歴史的な出来事ですよ)、その両側に二人の強盗も十字架に付けられたことが分かっています。ルカの福音書によれば、一人は「善い泥棒」もう一人は「悪い泥棒」として知られています。ところが、マタイとマルコの福音書には「十字架に付けられた悪人たちはイエスを罵った」とあり、ルカの記…
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弟子の足を洗う

場合によっては、キリスト信者でない人でさえも有効に洗礼を授けることが出来ます。ところが、キリストを救い主と信じている人でも、その人は自分で自分に洗礼を授けることが出来ません。洗礼は人から受けるもので、自分一人ではキリスト信者になれないのです。ちょっと不思議な感じがしますね。どうしてでしょうか?その答えが最後の晩餐の場面に隠されていま…
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そこに山があるから!

有名な登山家が「なぜ、山に登るのか?と質問された時の有名な答えです。「そこに山が有るから!」いいですね。真実を突いた名言です。同じように「なぜ洗礼を受けるのですか?」と尋ねられたら「そこに神がいるから!」と答えるでしょう。もし「病気が治るから」と答えるならば、「病気が治らなかったら辞めます」ということも意味します。これでは自分中心で…
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神様に「はーい!」

先日、公園を散歩すると、梅の花が満開でした。学校の寒ザクラもきれいですね(^-^)。後、一か月するとサクラが満開になります。季節が来ると梅やサクラは花を開いてみんなを喜ばせてくれます。サクラは、梅が咲いても自分の番が来るまでジッと我慢しています。「ウメはいいなあ…」と文句を言いません。梅は「もう少し休んでいたいなあ」と怠けたりしませ…
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