テーマ:説教

ボクのおやつをあげる!

教会で幼稚園の子どもにクリスマスのお話をしたことがあります。「羊飼いたちは、取る物取りあえず、ある者は上等の子羊、ある者は毛皮の敷物、みんな手に手に贈り物をもって、救い主の誕生を祝うために馬小屋へ急ぎました。一人の子どもは、イエスさまに捧げるために自分の飼っていたガチョウを持っていきました。・・・」 すると、一人の男の子が手を…
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茶碗と花瓶

創世記の始めに人類創造の話があります。単なる作り話だと考えている人もいると思いますが、人類の始まりと罪の始まりを物語の形で述べた人類の歴史です。エヴァは神様から作られるときに役目を与えられました。神は「アダムに助け手を作ろう!」と語りかけています。エヴァは、そのために生まれました。神様から役目を与えられることを「召し出し」といいます…
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「絆」が「しがらみ」に

人間の心は、他者に開かれて初めて満足するようにできています。だから、相手がいて初めて幸せになれます。反対に「独りぼっち」の人間は、この世で一番不幸です。お金持ちでも、使い道がありません。美しくても、誰も喜んでくれません。優れた能力も人のために役立ちません。いずれも、誰かのために捧げることで、幸せになるのです。 人に喜んでもらう…
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のろいの木

昔、「悪の十字架」というジョークがありました。スーパーに出かけると、入り口が閉まっています。「開くの何時ですか?」「十時です。」・・・「あくの十時か(十字架)!」つまらない冗談は置いて、十字架で死ぬ人は「呪われた者」と言われていました。十字架は本来、忌まわしいもの、嫌なものです。十字架は「のろいの木」だったのです。それが、いつから、…
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神様にも出来ないこと?

神様は何でも出来る「全能」のお方ですが、一つだけ出来ない事があります。さて何でしょうか?(…)ちょっと難しかったかな?それは「ゆるして欲しくない人をゆるすこと」です。「何も悪い事をしていないから、ゆるしてもらうことなど何も無いです!」そう思っている人は、いつまで経ってもゆるされません。正確に言えば、神様はゆるしたいけれど、本人がその…
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イエスさまのお散歩

毎日、朝早く起きて半時間ぐらいのお散歩を習慣にしている人がいました。犬の散歩をしているおじいさん、ジョギングしているおじさん、散歩しているおばさん、いろんな人と出会いますが、最初の頃は知らない人ばかりですから、黙って歩いていました。その内に同じ人と会うので顔見知りになり、挨拶を交わすようになりました。「おはようございます♪」と返事が…
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ほんものの「正義」

新聞やテレビのニュース「正義、平和」という言葉がよく登場します。21世紀を特徴付ける言葉ですね。社会には正義と平和がないということなのでしょう。現代社会には対立や戦争があり、また様々な不平等があり、それを批判しているのです。でも、人々が要求している正義とは何でしょうか? 「正義」そのものは、いたってシンプルです。難しい理念では…
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お言葉ですから…

人間は経験や知識が豊かな人に対しても、なかなか素直に従うことが出来ません。僅かな経験や知識に頼って、反発したり疑ったりします。また、自分の理解を超える助言に対しては、自分の小さな世界だけで判断して、成長する機会を無駄にしてしまいます。今日のルカ福音書(5章「大漁の奇跡」の話)は、素直に聞くことの素晴らしさを教えてくれます。まず一つの…
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じっと見つめて♪

歌の題名ではありません。祈りの生活を一言で表わすとこうなります。「見る」は、受身的で何も考えず景色が目に映っている感じですが、「見つめる」は能動的で、そこには大切な思いが込められている感じがします。「じっと見つめる」ことをラテン語でContemplatioコンテンプラチオと言いますが、それが転じて砂漠の隠遁者や修道士が僧院に引きこも…
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一つになろう!

日頃、私たちは児童や生徒、その保護者である親と向き合って仕事をしています。授業をしたり、部活を指導したり、教育相談に乗ったり、経理の計算をしたり、活動は多岐に渡り様々です。目の前の仕事だけを見ていれば、各自がバラバラに働いているような錯覚に陥ることもあるかもしれません。だからこそ、学校で働く全員が一堂に会して、同じ神の方向を向いて心…
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一人にならないで!

一年生のみなさんは、3ヶ月前に入学した時「がんばれるかな?」と少し緊張していたと思いますが、今ではいろんなことが出来るようになって、すっかり精道の「みじょ娘(こ)」に成長しました。二年生のみなんさは、去年は少し「甘えたさん」でしたが、今ではすっかり頼れるお姉さんになりました。今日が一学期最後のミサです。このミサで、ここまで成長できた…
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全部、持って行きなさい!

自分の力に頼らないように「何も持って行くな!」と命じたイエスですが、十字架の受難の直前に使徒を集めて訓戒した時、正反対の事を命じました。「もう私は一緒にいられない。だから、今度出かけるときにはお金も食料も着替えも剣も、持っているものを全部持って行きなさい!」(ルカ22.35-)ペトロは、気を利かしたつもりで「ここに二本の剣があります…
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何も持って行くな!

イエスは弟子を村々に派遣する際に、二人組にして「お金も食料も着替えの服も、何も持って行くな!」と指示しました。人間的に考えれば無謀な計画です。旅に必要なものを一切禁止したのですから…普通なら「そんな無理なことは出来ない!」と反論したり、こっそり隠して必要な物を持っていったりするでしょう。なぜ、こんな無謀なことをイエスは命じたのでしょ…
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星に願いを♪

今日が一学期最後のミサです。4月、一年生のみなさんは大きなランドセルと希望を背負って不安な気持で学校生活をスタートしましたが、今ではすっかり逞しいセイドーボーイに成長しました。2年生は、下級生の面倒を見ることが出来てお兄さんらしくなりました。3年生は、行事を通してリーダーシップを発揮して責任感が育ちました。四年生は、教室が二階から三…
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死んだのではない!

今日は『ペトロ岐部と187殉教者』の記念日です。長崎での列福式から四年近くが経ちました。あの日(2008年11月24日)も今日と同じような天気でした。雨が降ったり止んだり、時々雲間から日が差して、殉教の苦しみと栄光を髣髴とさせました。さて、現代に同じ迫害があったら、私たちは殉教できるしょうか?命懸けで信仰を伝えてもらったけど、命を賭…
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平凡の聖なる意味

平凡な日常は神と無関係に見えます。また、毎日の具体的な出来事には霊的な意味など無いように思えます。でも、そうではありませんでした。神は私たちの日常生活を通して人々に働きかけておられたのです。我儘や怠惰、自分勝手な都合に負けて、私たちがそれを邪魔しないことが肝心です。 聖ホセマリアは分かりやすいたとえ話で説明しました。「大学教授…
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日常生活の聖人

ちょうど10年前、2002年10月6日にローマのサン・ピエトロ広場で聖ホセマリア・エスクリバーの列聖式がありました。参列者は広場を埋め尽くして大通りにまで溢れ、さらにはサンタンジェロ城の広場まで一杯になりました。その数、50万人。司式をしたヨハネ・パウロ二世教皇(現在『福者』になっている)は、大勢の参列者に向かって説教の中でオプス・…
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神の教え方

小さな子どもの考えと親の考えは違います。知識と経験がある親は、子どもより優れた計画を考えます。神は私たちの親で、私たちは神の前では小さな幼児と同じです。そして、しばしば考えが神と異なります。時には神の考えが理解できずに苦しむ時があるでしょう。でも、それは神から見放されたことではありません。神が無慈悲な方だというわけでもありません。そ…
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地獄に落ちる?

戦国時代、武士も百姓も命懸けで毎日を生きていました。戦乱の日々ですから、決して大袈裟ではなく、明日は生きているかどうか分からない、そんな人生でした。だからこそ、儚いこの世に未練を持たず来世に希望を置く、そんな信仰生活が人々を魅了しました。そして信仰が貧しい人々に生きる希望を与えました。同じように考えると、現代社会は欲望を満たすための…
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三位一体の神って…?

子どもには次のように説明しています。『みんなにお母さんがいるでしょう。でも、みんなのおじいちゃんから見れば子ども、娘です。そして、みんなのお父さんからお母さんを見れば妻になります。だから、「(みんなの)お母さん」は「(おじいちゃんの)娘」で「(お父さんの)妻」でも三人ではなく一人の女性!父と子と聖霊の神もそれと同じですよ』…次に三位…
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主の昇天

「イエス・キリストは救い主である」と心から言えなければ、信仰の奥義を信じたり神に従う事はできません。形だけ日曜日にミサに行く事はできます。聖体拝領もできるでしょう。ロザリオも祈るでしょう。しかし、神様と本当に交わる事はできません。 主イエスは本当に復活して、使徒と共に40日を過ごしてから天に昇りました。だから、見えないけど今も…
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「雑用」を一生懸命に!

「かもめ祭り」(全校合同バザー)大成功でしたね!たくさんの人の笑顔がそれを物語っていました。その笑顔、楽しい心はみんなで作ったものです。誰かが与えてくれたのではありません。一人ひとりが自分の役割を心をこめて精一杯に果たした、そんな小さな仕事が集まって生まれたのです。いろんな係りを通しての準備や運営など、本当にご苦労様でした。 …
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母の回心!

イエスは使徒トマに向かって「見ずに信じる人は幸いである」と教えましたが、まるで2000年後の私たちに向かって話されているみたいです。科学的に証明することに慣れている現代人は、見えない神を見せてくれたら信じると言います。しかし、霊である神を物質のように見せたり、実験して証明したり出来ません。じゃ、モノ以外は存在しないのですか?それなら…
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今日は何の日?

明日の13日(5月の第二日曜日)は何の日か、知っていますか?(口々に「かもめ祭り!」「母の日!」…)そうですね。学校はバザーの日「かもめ祭り」ですが、全国的には…「母の日」ですね。みんなを生んでくれた人が母ですね。だからみなさんはここにいます。それだけではないですよ。生まれた後も、乳を飲ませたり、服を着せたりして、一日も休まず世話を…
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商人を神殿から追い出す

愛を説いたイエスご自身が、神殿で商売をしていた人を力づくで追い出しました。その場面を読んで「どうして暴力的な仕方で追い出すのか、理解に苦しむ」と感じる方も多いことでしょう。丁寧に説明してお引取り願えばいいのに…と考えてしまいます。どうしてイエスは強硬手段を取られたのでしょうか?それには、ちゃんと理由がありました。 駄々をこねる…
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罰は恵み?!

「罪を犯すと罰(ばち)が当たる」という考え方は、時代と場所を越えて万国共通みたいです。新約聖書には、使徒たちが目の見えない人に出会って「この人が盲目なのは、この人の罪ですか、それとも先祖の罪のせいですか?」と、イエスに尋ねる場面が記されています。また、目の病気に罹った13歳の少年が「目が見えなくなったのは、自分が親に隠れてポルノ雑誌…
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主に交われば…

『朱に交われば赤くなる』と言う諺があります。良い友を持てば自ずと似て善い人になり、悪い友と付き合うと感化されて同じく堕落するという意味ですが、それは現実でもあります。また、歳月を経た夫婦は自ずと似てくるとも言われます。似た者が一緒になったのか、それとも似てきたのか、それはどちらとも言えませんが… それなら、神様と一緒にいたら、…
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見よ!この男(ひと)を…

今日、聖書講座をしておりますと、昼が近づいてきた頃、誰かのお腹が「グゥ~♪」と鳴りました。すると、返事をするかのように数名のお腹も鳴りました。いつもなら恥かしいところですが、その時は微笑ましくもあり、皆が安堵と共に納得しました。今日は断食をする聖金曜日だからです。 犠牲をするのは、単なる決まりだからではありません。イエスの十字…
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一粒の種

砂漠では滅多に雨が降らないので植物がなかなか育ちません。でも、中には強い種があります。何ヶ月もの日照りで乾燥して死んだようになっていても、雨が降ると水に潤され、土に覆われて生き返り、芽を出して花を咲かせる植物があるそうです。「一粒の麦が地に落ちて死なないなら、そのまま残る。地に落ちて自分に死んだら100倍の実を結ぶ」と聖書にあります…
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節約・省エネ・ダイエット

健康のために好きな食べ物を控えたり、快適な暮らしを犠牲にして電力消費を抑えたり、経済的な理由から欲しいものを我慢したりします。日本中の誰もが涙ぐましいまでの努力を惜しまずに実践しています。模範的といってもいいかもしれません。でも、同じ事を神への愛のために捧げる人がどれだけいるのでしょうか? 経済的な理由からの我慢でもなく、ダイ…
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